ankoの日常

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【高嶺の花】8話感想「体から上塗りして心をリセットする」ってそういうことだったか

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thaths | Flickr

 

以下、少々ネタバレありますので、観ていない方はお気をつけください。

 

 

 

私のようなアラフィフ世代は「101回目のプロポーズ」「高校教師」「人間・失格」などの作品で人間の闇や狂気をみてきたので、さすが野島さん脚本、90年代ほどではないけれど(たぶん世間的に今は無理だろうね)人間の心の闇をえぐる内容に仕上がっていますね。確かに台詞回しや設定がちょっと古くさく、図書館で同じ本を借りようとして手が触れるとか、今どきそんな話し方しないだろうよと思う点も多々あれど、去年の昼ドラ「やすらぎの郷」の倉本聰さん脚本ほどの言葉の古くささではないのでついていける。でも、この手のドロドロ設定や展開は、まるで昼ドラみたいだなという印象はあったかな。

 

心の闇の表現は人それぞれなのだけど、野島さんのすごいところは、繊細でかつ激しさを静かな場面の中でひとつひとつ見せてくるところ。今回のドラマではとにかく演出が素晴らしく、静と動のコントラスト、俳優の視線やスローモーションの使い方、テーマでもある「高嶺の花」を演出するための手を延ばすシーンの演出などなど。劇中に使われている曲「ラブ・ミー・テンダー」なんてストーリーを確実に引き立てていて、曲の入り方がたまらなく絶妙なんですよ。オープニング曲にしても華麗な花々と毛筆体のタイトルフォントに、激しいギターリフ。美しさと激しさを表現。華道をベースにストーリー展開していることもあって、いちいち場面演出が美しい。花はもちろんのこと(ドラマのために草月流の華道家の方が生けていますしね)、着物、もものマンション、月島家の和室、華道家寄りのキャストは存在自体が美しい。他のドラマだとゲームしながらとか家事しながら観たりするのに、このドラマだけは画面の美しさに「ながら」で観ることができず、手が止まってしまうくらいキレイなの。あと、プーさんともものシーンがいちいち官能的なスローモーションっていうのもなんか好き。今回の8話で、兵馬様のところからももを助け出し、エレベーターの中でもたれかかりながら二人で同じセリフをいうところなんて、もーーーー官能的。ベッドシーンなんかよりもエロかったわ。


8話では、自分を見失ったももや取り巻く人々が月島流の次期家元を決めるための俎上が行われてさらにドロドロしていくという展開。ここにきて、主要キャスト陣ほぼすべての欲望があからさまになってきましたね。結局は家元・市松の欲望に振り回される面々という構図。それぞれが自分の欲望を叶えるために互いを利用し、騙すこともいとわない。私からみると市松が一番の欲望の塊で、ももやななは市松によって振り回され、傷つく羽目になる。芸術のためなら闇を見せるっていうので、ももには他の男を踏み台にすることを、ななには好意を寄せている龍一に母親を抱かせてその現場に出会うよう仕向ける。それすらも龍一の野望もあったからお互い様。にしてもねぇ、千葉雄大くんが親子どんぶり(といっても娘は食べていない)具合が未だに似合っていないんだわー。胸板薄いんだわー。兵馬様くらい身体を鍛えて欲しかったけど、本当は完全な悪役になりきれない部分が求められたからこその千葉雄大くんキャスティングだったのだと今は理解。

 

「花も醜い」

私たちは無条件に「花は美しい」と思っているし、誰もがそう思って疑いがないでしょう。なんたってSMAPの「世界に一つだけの花」のヒットで、花はそれぞれが美しいものだという印象すら世間に与えたのだから。
兵馬様の「花も醜い」と淡々と語るシーンが印象的。ひまわりは太陽を求めて上へ上へと伸び、根は栄養を求めて土の中で伸びていく。生き物というものはすべてそういうものではないかと。どんなに人の良さそうなぷーさんですら、ももの破天荒な行動を受け入れたようにみせて「あきらめが悪い」という欲望を持つ。ぷーさん側の人物たちもすべてそうで、それぞれの立場の「欲望」の中で生きている。生きるということはきれい事ではなくて、すべて「欲望」であるということを、この兵馬様の静かに語るシーンだけでぐるんと心をえぐられた感じでした。私たちは、花も人間も都合よくきれいなところしか観ていない。本当は美しさの裏側でどれだけ醜くのたうち回っていることか。人間は欲望まみれなのだよと、というドラマなんですな。

しかし、兵馬様よ、アシスタントのモブ、「昔拾ったんだよ」しか言っていないのにものすごく意味深すぎてBLしか想像できないんですけど~~

 

 

体から上塗りして心をリセットする

俎上を終えて次期家元がななに決まったあと、その結果に納得できず狂ったように花を生けるももと、おかしくなっていくももを止めるなな。ももはななに対してなぜあんなひどい目(母親が男と寝ているところに出くわす)に遭ってまた元のいい子に戻れるの?といった後に、ななが龍一に抱かれていないことを察したあとのセリフ「体から上塗りして、心をリセットするの」。

実際、ももは前の男を忘れるためにプーさんに近づいて利用しようとした。ところがそのプーさんに種を蒔かれ(つまり好きになった)、そのことが自分の華道家としての立場が揺らぐ結果になってしまった。なんとしても次期家元になりたい、誰かを愛したい、受け入れられたいという欲望が絡み合って不安定になる。もう一人の自分が見えないことに焦り、その感覚を取り戻すためまたしても男でリセットしようとする。確かに端から見たらビッチにみえるけど、この状態はかなりのメンヘラ状態ですわよ。ただでさえ、華道家の娘として一般家庭にはない特殊な環境におかれて、孤独を味わってきただろうことは容易に想像できるし、孤独だったからこそ下界に降りて華道を捨てて普通の幸せをつかもうとしたんだもの。心も壊れますって!

「リセット」については、同じ女性として気持ちはよくわかる(経験アリ)。感情は不確かでつかめないけれど、肉体は確実な実感がある。特に、精神的に揺らいでいるときほど、男性のぬくもりによって揺らぎが一瞬収まったように感じたり救いになることがあります。これは、つきあっている人がいなくて、ももみたいに前の彼氏が忘れられずにいるとか精神的不安定なとき、「好きでもない相手」だからこそ、後悔や罪悪感を伴いつつも正気に戻れる=リセット、と個人的には思います。ももにとっては、「罪悪感」こそが孤高になるための栄養になるのだから。

ビッチっていうなら市松の妻もそうとうなもの。自分の娘を家元にするために若い男に近づいて若い体におぼれる。そりゃあ、家元のご老体より若い方がいいわよねぇぇ。


それにしても、いろんな人の欲望が渦巻く中で、結局はどんなにあがいても一番権力のある人のひと声で決まるというのもなんだかなぁと思いましたね。あれだけ芸術に対してあーだこーだうんちくたれてた家元が、次回予告ではももに実子ではないことを明かすらしいじゃないですか。なんでかんで血のつながりかよ!がっかり家元!と言いたくなるけれど、これは次回を観ないとわかりませんね。

それと、突然登場した千秋(香里奈)も意味深に感じるのは私だけでしょうか? ネット上では家元からの刺客説もあったりして、私もその線でいってほしい! 実子ではないけれども、ななよりも才能があるももをなんとかして元の華道家に戻したい家元の差し金であってほしい。そしてまたドロドロするという展開。プーさんとの関係が元サヤに戻ったらつまらない女になりそうだし、どっちにしてもバッドエンド希望~~

最後の車に乗ったももが手を振りながら何かを言った意味ありげなシーンが気になるわ。