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【シンゴジラ】感想:強烈で救いようのない絶望とあきらめないという希望

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映画『シン・ゴジラ』公式サイト

 

※2018年4月6日加筆・修正

 

ゴジラに関する予備知識は一切なく、過去作も見たこともありません。ネット界隈での評判は知りつつもあまり興味がわかず、せいぜい去年末の紅白歌合戦で渋谷に現れたゴジラをXJAPANが退治したのをみて、んまーよっぽど話題作だったのねーと感じた程度でした。TSUTAYAでレンタル可能になったら観ようかなーくらいの熱量で、準新作になったタイミングでようやく最近観ることができました。

最初からなにも期待せず、テンション低めで観るっていいものですね。その分、おもしろさがハンパなかったんですよ奥さん! いつもならレンタルしてきた映画は1度みればもういいという感じで2回以上みることなんてなのに、まさか2回も観るなんて・・・。私の中の好きな映画ベスト何位かにランクインしそうな勢いです。ってランキング集計とったことないけど。

この迫力だったら、「君の名は」じゃなくて「シン・ゴジラ」を映画館で観ればよかったわ!

 


以下、めっちゃネタバレ注意!! 

 

 

大人にウケた理由が分かった気がする

まず、この映画は「ゴジラ」と名が付くからといって、怪獣と戦う勧善懲悪な子供向け映画ではないということ。確かに攻撃する場面はあるけれども、それは成り行き上そうなるのであって、ヒーローが出てきて攻撃して勝った~!という要素が一切ないです。むしろ、半分ちかく会議室が映っていて、その中でゴジラとどう対処するかを描いた人々の群像劇といっていい。

『シン・ゴジラ』公開後、大人のウケが異常によかったのもうなずけたました。怪獣・SF・エヴァンゲリオンファンじゃなくても取り込まれるほどの圧倒的なリアリティ。人物の役柄はもちろんのこと、会議室にある小物の果てまで実によくこだわっていたし、シビリアンコントロール(文民統制)の緊迫感もすごかった。戦後生まれの私たちは武力行使命令なんてみたことないので、実際に政府が武力行使を行ったらこうなるのかとちょっと考えてしまい、映画というフィクションでよかった~と思ったわ。
お隣のあの国が攻撃してきたら、初めてみることになるかもしれないけど・・・

 

さらに、大人からみた「あるある」が多いんですよ。要所要所で政府や会議に対する自虐が盛り込まれていて、誰もが思っていることをさらりとセリフに込められているので、そういう点でもこの映画は世の公務員やサラリーマンのガス抜きになったのだと思います。

 

例えば、公務員の縦割りや会議を開かないと動けないことが多すぎるとか、効率の悪い文書主義なために手続きを踏まないとなにもできないとか。政府レベルだと議事録が残るからといってロクに発言もできない。
「防災マニュアルはいつも役に立たないじゃないか!」と都知事が吐き捨てるところなんて、本来ならトップが言っちゃいけない言葉だけど、あのくらい緊急時ならばいいたくもなるしむしろ同意する。

 

大人といっても、あえて「日本人の」と付け加えたいんだけど、やはりこの映画のベースにあるのが、やはり東日本大震災だということ。あの経験があって、今なお復興下にある私たちにとって未曽有の災害(ゴジラはそれ以上なんだけど)設定が響かないわけがない。
ただ、セリフも字幕説明、専門用語も多く、日本政府の仕組みを多少なりとも理解していない外国人にしてみたら「はあ?」な内容。ただでさえ字幕を嫌う海外の人にしたら戦闘機や役職の字幕説明がうっとおしいだろうな。いかにも日本人ぽい細やかさといえばそれまでなんだけど内輪ウケ感は否めないのよ。

 

 

贅沢で絶妙なキャスティング

まず、ジャニーズ系や人気若手イケメン俳優のゴリ押しがなく、恋愛要素もタイアップも一切なし。もちろん子供が出てきて怪獣を愛でるとか交流するような設定もなし。あくまでもゴジラを予測不可能な大災害に見立て、政治や自衛隊がどのように対処していくかをドキュメンタリーにした感じすらあります。よけいなエピソードを削ぎ落としたからこそ、ゴジラvs日本政府の緊迫感に集中でき、細かい人物設定が際立ってみごとな群像劇になっているんですね。映画業界のいろ~んな思惑を省いてもなお映画がヒットしたということは、実はすごいことではないでしょうか。

 

政治家というおっさんばかりの中に、若手(といってもアラフォー)政治家の長谷川博己と竹野内豊という年相応のキャスティングはお見事(庵野監督は女性や子供を意識していないらしいですが、まったく女性を意識していないのかというとないわけじゃない気もするんですよ)。この二人はそれこそ時期は違うけど一昔前はキャーキャー言われてブレイクしたイケメン俳優。キャリアを積み重ね、絶妙なタイミングでのキャスティングだったように感じます。

それこそ、若い人気イケメン俳優やアイドルが投入されていたら一気にリアリティーに欠けてしまうわけで。実際に出ていた前田敦子をチョイ役でさっさと退場させてくれたときはせいせいしたし、すでに去年からブレイクの兆しのあった高橋一生を巨災対メンバーで曲者扱いにしたことで、彼のもつ癖のある演技がより光っていてすごくよかったの! こういう高橋一生を観たいのよ! 

 

あ、でも、石原さとみは可愛かったけど英語がビミョー。ご本人も苦労したみたいだったので、この役は帰国子女の女優さんでよかったのでは?と思ったかなー。

 

その他、そうそうたるメンバーがキャスティングされていて、いちいち配役にピッタリでそれっぽいルックスの俳優さんがあてられているのがいい。主役や準主役級の斉藤工がイチ自衛隊員、小出恵介もイチ消防隊員でワンカットだけとか、豪華俳優陣を贅沢な使い方をしていた。だからこそとっても見ごたえのある映画になっているんですね。

 

 

 

巨災対という異端児たち

巨大不明生物特設災害対策本部(略して巨災対)の設立がまた面白い。本当は非常に優秀なのに、「出世に無縁な霞ヶ関のはぐれ者、一匹狼、変わり者、オタク、問題児、鼻つまみ者、厄介者、学会の異端児の集まり」と言われ、肩身の狭い思いをしてきた彼ら。しかもこの巨災対では、年次、省庁間の縦割りを気にせず自由に発言可能という、誰もが望むような仕事ができるわけよ。最初のほうに出てきた宮崎駿風生物学者や、大槻教授風の生物学教授という有識者がなにもわからなかったのに、この異端児扱いされた巨災対チームが成果を上げていく姿は、公務員やサラリーマンの「こんなふうに仕事がしたいんだよ~!」という日ごろの心の声というか、うっぷんが晴れたんじゃないでしょうか。一番仕事の邪魔になるのは「しがらみ」ですからね。

 

公務員という仕事は、どれだけ上からの圧力や縦割りという不自由さに押し込められているかよくわかる内容でしたね。

実際、東日本大震災のあとの被災者問題についても、縦割りのおかげで被災地の土地や住居の問題がうまくいっていないケースが今もなお多発していますし。「復興特区」といういい方で少しだけ縦割りが緩和されているところもありましたが、まだまだ制限が多いことには変わりなく、現地の自治体は頭を抱えているんです。

なので、巨災対のようなチームは常に存在していてほしいなぁというのが正直な気持ちです。あ、もしかしたらお隣の国の有事のためのチームはすでにあるかもしれませんけど。

 

 

 

「Who will know」果てしない絶望感

もうこうして書きながら、ほとんど日本政府の映画だなーと思いつつ、まったく主役っぽくないゴジラ。第二形態で上陸したときのゴジラの目が真ん丸でまるでゆるキャラ。上陸シーンが一気にチープな風景になってしまったときはちょっとがっかりしたけど、今では「蒲田くん」として可愛がられていますし、この映画のおかげで、ドラマとかみていてもひとりの人物が成長の過程でキャストが変わっていくことを「第○形態」という言い方をするようになってしまいました。

 

ぬいぐるみ売ってますね ↓

 

で、蒲田くんから倍以上の大きさで鎌倉に再上陸し、BGM「Who will know/悲劇」をバックに、火を吐き東京を焼き尽くすゴジラが神々しさと悲しみで泣けた泣けた。
あれだけ見たこともないくらい巨大化し「破壊」という言葉じゃおいつかない。口から吐く炎は遠くまで焼き尽くし、さらにビームになってビルをいとも簡単に倒しまくる。背中から出るビームは四方八方広範囲に伸び、飛翔物にもれなく反応してそれらをも焼き尽くす。もはや手も足も出ない。アメリカがミサイルブチ込んでもぜんぜんダメ。観ている方も絶望しかないんですよ。

 

やっぱり、ゴジラの絶望的な存在感は、311大津波の映像を思い出すんです。もう手も足も出ない、あんな大きな力には逆らえない絶望感。そういうのと重ね合わせてしまうのかもしれません。

 

総理大臣が変わり、新総理となった平泉成さんのセリフ「避難とは、住民に生活を根こそぎ捨てさせることだ。簡単に言わないでほしいな」が重くて共感しまくり。いよいよ国連安保理の決定で、東京で核兵器使用の容認するかどうかの瀬戸際まで追い込まれる。それしか選択肢はないのか!?という中で、別の方法を模索する巨災対メンバーたちの諦めない姿勢だけが唯一の希望。このギリギリした緊張感ある場面がまた日本人好みだなーと思ったりして。

 

 

 

悲壮感漂う中で「日本はまだまだやれる」

ヤシオリ作戦が成功してゴジラがめでたく凍結されたとき、アメリカ映画だったらここで「イヤッホー!」の嵐、みんなで抱き合いハイタッチして喜ぶと思うんだけど、この様子を見ていた巨災対メンバーは、安堵の気持ちはあっても誰一人ヒャッハーな人がいなかったのよ。

そうか、ただ凍結しただけで駆除したわけでもない。いつこの凍結が効かなくなるかもわからないし、ゴジラをどう扱っていいかもわからない。いっとき止めただけなのよね。万が一ゴジラが動き出したりしたら、そのときこそカウントダウンが始まって核兵器が登場するかもしれない。このあとの残務処理だって山ほどあるだろう。矢口が言っていたように「ゴジラ」という負債と共に生きていかなければならないのだ。

これは日本でいう原発と同じこと。いっとき止めたように見えて実はまだ暴れたまま存在している。

スクラップアンドビルドを何度も経験したとはいえ、壊滅状態の日本を立て直すことは容易ではない。非難した360万人の人々や東京のど真ん中にそびえるゴジラの扱い、復興も果てしなく続くことは予想できるし前途多難でしかない。でも、矢口、赤坂、泉の三人に希望という一筋の光が見える。震災で少しずつ復興している姿からも、映画という表現を借りて「日本はまだまだやれる」と言いたかった映画なのかなと。娯楽映画なはずだけど、私にとっては考えさせられることの多い映画でした。


実際問題、「かの国」の属国ですっかり骨抜きにされているけれど、自分たちでやれるギリギリまでやるんだという気概は持ち続けたいと思ったわよね。  

 

 

 

社会科の授業に取りいれたらいいと思う

この映画、どうしても観る人を選んでしまうじゃないですか。特に、三権分立を習っていない小学生低学年以下はちと理解不能(何歳であってもすでに習っているなら別よ)。お子様は前半の会議シーンなんて寝ちゃうよねきっと。

 

三権分立ってどのタイミングで習うっけなーと思って調べてみたら、小学校6年生あたり。ということは私もそのくらいに習ったのかー・・・というような、私のようにまったく覚えていなかった大人にも勉強になったくらいだから、これからの日本を担う子供たちの理解を深めるためにも、この『シン・ゴジラ』を社会科教材に使うことをお勧めしたい。

 

恋愛要素もエロ・グロ(第二形態はちょっとグロいかな)・暴力もなく子供にみせる教材としては問題なし。学校では教科書通り教えつつ、宿題として映画を観てきてもらい、三権分立への理解を深めるテストをするとかさ。興味ない子にもなんでもいいから感想を書くようにしたら、面白い視点を生むかもしれない。そうでなくても、親子で一緒に学習の観点から映画を紐解くのもコミュニケーションになっていいと思うわー! 

 

そういえば、
11月12日(日)21:00~ テレビ朝日で地上波放送あるんだった!

こちらもリアタイで観よっと。

www.tv-asahi.co.jp

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