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【俺のスカート、どこ行った?】1話感想:古田新太のひとり勝ちと多様性に追いつかない社会

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俺のスカート、どこ行った?|日本テレビ

 

ダイバーシティ=多様性ということを掲げた校長が、教育現場にも原田先生という多様性をいきなり学校に持ち込んだわけだけど、教師の現場レベルでそれが周知徹底されていないんだねぇ、校長の独断だったんだねぇというツッコミをいれつつ、ドラマ感想いってみよう! 

 

以下、ネタバレが含まれます。観ていない方はご注意を。

 

 

 

古田新太のひとり勝ち 

「聞きなさい! クソブスどもがあ~~!」と新任初日から遅刻、そして堂々たる入場後にドスのきいた声で吠えるところにまずシビれたわ。チャラくてまるでガキの生徒たちに媚びへつらうことなく、真っ向から向かっていく様は観ていて気持ちがいい。そういうのを望まれての赴任なんだろうけどね。

 

古田新太さんが主演で、しかもゲイの女装家設定で出るってだけで、それだけでも話題性ありすぎるし、狙い澄ましていることもわかる。近年の学園ものは先生に強烈なインパクトがないとドラマにならなくなってきているので、ついにここまできちゃったかという印象よ。

 

実際に女装家の教育者がいるって知ってた?

gendai.ismedia.jp

 

なんとなく、モチーフは安冨歩教授で、そこにマツコ・デラックスを掛け合わせたようなキャラ設定なのかなと勝手に推測。

 

蓋を開けてみれば、ああやっぱりジャニーズ寄りに作られているんだなとわかったけど、完全に古田さん演ずる原田のぶお先生のキャラに全部持っていかれてて、古田さん一人勝ち状態。よっぽどがんばらないと、せっかくジャニーズ事務所が推してきても、古田さんの存在によってかすんでしまうわ。

 

実際、ジャニの面々は古田さんの圧に完全に負けているし(演技もキャリアの点からして勝てるわけないか)、学園ものといえばネクストブレイクに期待するわけで、その他の生徒も前クールの『3年A組』に比べると正直パッとしないかな~という印象。

 

生徒たちのキャラが弱い分、脇のキャスト(松下奈緒、荒川良々、大倉孝二、シソンヌじろう)が舞台のようなテンポと掛け合いで補っているのはいい(脚本も舞台中心の方みたいですし)。今後、生徒たちが尖ってこれるかどうかってところよね。

 

それと、乃木坂46の白石麻衣の投入。いいんですけどね、民放はアイドルを軸にドラマにキャスティングするのは当たり前すぎるくらいわかっているのよ。でも、彼女に「ぽこちん」「でかちん」と言わせるのって誰か男性スタッフの願望かしら? ちょっと悪意を感じるわね。

 

 

まず、女装家に対する偏見をあぶり出す描写

「ゲイは性の向き、女装は表現の形」とLGBTの概念をきちんと説明するところは良心的だけど、偏見を受けるところもあますことなく描写する。けっしてきれいごとにしないところがいい。

 

白石麻衣のぽこちん発言に対し、「こんな見かけだから何聞いてもいいと思ってるんでしょ? 世の中にはいろんな人がいるの。そういうの聞かれるのが嫌な人もいるの。そういうこともわからないの?」とか、「おっさんが女装していたらキモいっていうのが常識だろ?」という生徒に、「じゃあ、しらねえのにお前のちんけな常識でキモいとか決めてくれるのやめてくんない? いつかその決めつけが、大人になってから苦しめられるぞ」と返すところ。女装家にとっては、こういう人との応酬は何度もあっただろうし、ここまで言い返せるくらい、確固たる自分の軸ができているところは、今は異端扱いでも、だんだん周りも感化され、一目置かれるようになるための布石になるのかなと。


原田先生が正論で切り返すと、ぐうの音も出ないからってそれをすかすように生徒が「お前ってダメなんじゃねーの」と返すク●生意気な生徒(ジャニーズJr.くんがちょっと線が細すぎて不良設定が似合わないのが残念)。他の生徒たちも教師にきれいごと(金のために教師の話を受けたことを真に受け揶揄し、聖職だと思っているフシとか)を望むとか、そのへんの描写もぬかりない。これこそが、いかに世間的な思い込みや刷り込みが生徒たちまで及んでいるかがわかる。

 

現実世界でも、教師があまりにも生徒や保護者の顔色をうかがってしまい、お互いの敬意がなくなってしまった状態。酸いも甘いも知り尽くし、そこらへんの大人以上に常識を超えた原田先生と、妙にすかしてなんでもわけ知り顔の大人ぶった悪態つくだけの生徒との差が激しすぎるのも、現代の生徒を象徴した描写なんだと思う。

 

ドラマ前半で、原田先生がとことん生徒の名前を呼ぼうとしないのも、生徒への敬意がなかったという前提から実は後半への伏線だった。ゲームの一環ではあったにせよ、自殺しようとする生徒をわざと屋上から飛ばせるという危機的状況を作って、はじめて生徒をひとりひとり名前を呼び、生徒に印象的に響かせるという方法は、原田先生の意図なのか偶然なのか。名前を呼ぶということが、どれだけその人の尊厳に繋がっていることなのかとってことがわかりましたよね。

 

 

原田先生の真実を予想

最後のほうで、原田先生が校長に教師になることを頼んでいたこと(金のためではない)と、朝の女装中に薬を飲んでいたことはおそらく後半で暴かれるであろう原田先生の真実への伏線なのでしょう。予想としては、なにか深刻な病気があり、残りわずかな人生を悔いなく生ききるために、やりたかったことを全部やる覚悟。でも実は病気は間違いでした的なオチな気がしないでもない。どんなオチでもいい。偏見だらけの学校が、お互いを認めてオセロのように意識がひっくり返る結末が観たい。

 

いずれにしても、いい大人、というかおじさんが常識も性別も超えて、本当の意味でのダイバーシティを体現するということはとても意味があることだし、原田先生のキャラを「多様性」として受け入れるってだけではなく、教師や生徒を含め、その他の人たちの思考や視点の多様性まで斬り込んでほしいなと、今後のドラマ展開に期待してしまいます。

 

多様性について考えたこと

まず、主人公である原田先生のLGBT描写からはじまって、イジメや平等不平等、世間一般に通じている常識やとらわれ、思い込み。それらが、原田先生の登場によってみごとにあらわになってくるところは、まるで、当たり前と思っていた世界に強烈なくさびを打ち、ひびを入れる役割ということなのよね。

 

そのくらい私たちが思っていた「当たり前」は不公平や不満をつくるだけのただの張りぼてだということを思い知らされる。島国日本、そう簡単に多様性を受け入れない民族だと思うし、それは昔から変わっていない。私自身も子どもの頃からそういうことを感じてきたし、大人になって未来が来たらなにか変わるのかなと思っていました。

 

たしかにいろんな人がいて、昔なかった言葉や概念、多様化という点では広がりつつある気がするけれど、根っこの部分はなーんも変わっていない。平成30年を経てもなお、多様性を望んでいないきらいがあると感じてしまう。

 

現実社会を見まわしても、自分たちの意識が多様化に対応できていないし、差別意識が根深いうえに、自分たちが生きてきた「当たり前の社会」を壊したくない、変わりたくない人もまた多いわけよ。だから政治とかお役人はひたすら腐り続けてイノベーションが起きないんだと思う。なので、いきなり外国人人材登用とかいって受け入れようとしているところが、ちゃんちゃらおかしくてたまらないのよ。

 

原田先生流にいくと、まずはお前! 性別の違い、年齢、性格、国籍、人の背負っている背景、身体状態、健康状態、趣味嗜好、仕事しているのか引きこもっているのか、近くにいる身の回りの人間に対する理解からはじめるってことから始めないと、いくら人材登用したって破綻する。

 

それもできないのに外国人材受け入れましょうとか、ダイバーシティとかいう資格ないから!といいたいし、自分も肝に銘じたい。いろんな人がいるということを何より認識しておきたいし、狭い世界で物事を見ていると、差別や排除意識しか生まない。外国に行かなくても、周りをみるだけでも多様性の宝庫だということに気付くはずなのだから。

 

ということで、古田さん目当てで、継続視聴決定~~!

  

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