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【マリオ~AIのゆくえ】感想ネタバレ:西島秀俊のジャージアクションと肉体を持つことの美しさ

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Mike MacKenzie | Flickr

 


西島秀俊・・・彼が画面にいるだけでダークな雰囲気にしかみえず、それがどうにも苦手でずっと避けていたんですけど、たまたま、NHK総合『BSコンシェルジュ』で番宣にきていた西島秀俊をうっかり見てしまい、番宣につられてドラマ観てしまいました。

 

それが、それが! 期待値ゼロスタートがよかったのか、めちゃめちゃ面白かったんですよおおお! 奥様~~!

 

今回の役柄は西島秀俊にピッタリすぎたうえに、格闘シーンがめちゃめちゃカッコよかったあ~~! 私の中にあった西島秀俊アレルギー(彼が画面に登場するとなーんか暗く感じるアレルギー)はかなり抵抗感薄らいだわ。

 


たぶん、これから地上波放送すると思われるので、予備知識入れずに観たい!という方は、以下、ネタバレがありますのでご注意を!

 

 

 

まず、キャスティングがいい

NHKのいいところは、民放のようにジャニーズねじ込みが少ないので、キャスティングにバランスがとれている点。

 

西島秀俊・・・人間の体に組み込まれたAIマリオ。元々は警察内の職務管理の一貫で導入されていたAI。時枝が瀕死の警官の脳に勝手にニューロン素子を埋め込み、人間に近づけるべく作られた。

無表情で感情のないトーンのしゃべり方が似合っているし、後半どんどん表情がぎこちなくも変わっていくところが印象的。コントでよく芸人さんが着るエンジ色ジャージでアクションするシーンのカッコイイこと! 無表情で頭にピストルあてがうのが日本一似合う俳優だと思うわ。

 

田中哲司・・・AIマリオを開発したマッドサイエンティスト・時枝。警察のネットワークとは切り離し、AIを人間に近づかせることを目的に、勝手に人体にAIを組み込む。人間に近づけるためには煩悩が必要だと、マリオに逃亡を命じ、いろんな経験をさせる。実の息子よりもマリオのデータ収集に夢中。

田中哲司、こういうイカれた役がぴったりすぎる。必ず裏があるとか影があるとか、残酷で非常きわまりない男が似合いすぎる。

 

そのほかにも、時枝の助手に倉科カナ、マリオプロジェクトの責任者橋本・渡辺いっけい、マリオを追い詰める警官に北村有起哉、時枝の息子・福崎那由他(アミューズ所属なのね)、無言の浮浪者に生瀬勝久をセリフなしで贅沢に使い、他にも柳家三三 志賀廣太郎など、とにかく渋い! 映像も音楽もきれいだし、セリフもひとつひとつ巧妙で、映画を観たような満足感がハンパない。

 

私はまったく存じ上げなかったのですが、脚本は映画『散歩する侵略者』の原作者で前川知大さんという劇作家さん。演劇の世界ではたいへん有名な方だそうで、SFやディストピアを背景に人間模様を描く作風。今回初めて『マリオAIのゆくえ』で出会いましたが、他の作品も興味がわいてきました。

 

NHKって、ホワイトカラーファミリー向けで、視聴者に寄せたベタベタな設定のドラマも多いけど、ときどきこういう挑戦的で良質なドラマを作ることがあるので、そういうところはいいと思うし、今後もどんどんやってほしいものです。

 

 

AIマリオが人間の煩悩を学習する

全体的にみてすごくよくできたドラマだったんだけど、ちょいちょいいろんな映画を思い起こすシーンがあるんですよ。

 

殉職した警官をサイボーグにするところは『ロボコップ』、少年との交流が『ターミネーター2』『ベイマックス』、AIを学習させていく『チャッピー』、格闘技データを取り込むシーンはまるで『マトリックス』、肉体がなくなってデータ(ソース)に戻る『マトリックス3』などなど、AIものはどうしてもどこか似かよってくるものなのかも。

 

AIは情報を集めて分析して処理していくわけだけど、学習という点では無尽蔵にできるわけで、情報に対するFAQはいくらでも詰め込めるし、感情的なことは反応パターンとして学習することはできる。それだけでは予測可能すぎておもしろくない。

 

そこへ、人間の感情や煩悩をどう学習させていくのかが非常に興味深かった。肉体を持たせることは倫理的にアウトだろうけど、あらゆる学習をした先にいきつくところは肉体を持たせて試してみたいってことになるのはわかる気がする。AIが「感覚」というものを理解するのかどうかは確かに興味深い。

 

AIマリオとしては、理解できないこともデータとして収集していくしかない。収集した法律や犯罪データによって、物事の分別はするけれど、人からの命令は絶対だし、殺せといわれればそれに従うのみなのよね。

 

ドラマ前半で、マリオが時枝にウサギを殺せと言われ、死に対して疑念がないため躊躇なく殺そうとすると、倉科カナがかばって阻止するシーンがあるんだけど、マリオからしてみれば、善悪や生死がないので言われたことを遂行しようとしただけ。

 

そこへ、違う命令が下ればAIマリオは動きようがない。昔のSFならば主人の命令のみ聞いて命令が実行されるのみだけど、さすがに近代AI、複数の言い分を聞き分ける場面認識や分析をし、考え、矛盾点はきちんと問いかけるところまで行うところがいい。

 

このシーンは人間の矛盾と、AIが理解できない感情部分をよく表していたし、このあとマリオが人間の矛盾、感情、煩悩への理解をどう学習していくのか、ますます展開に引き込まれていきましたね。


生まれたばかりのAIは、あらゆるデータを知る全知全能の神みたいなもの。生まれたばかりの人間も同じなんじゃなかろうかと思う。人間も生まれたばかりのときは何も知らないようにみえて「遺伝子」というプログラムがインストールされて生まれてきてるしね。遺伝子ってOSみたいなものなのね。

 

生まれたばかりのときは物事の分別や善悪がわからないし、教育や環境によって学習していくのは人間もAIもまったく同じ。データとして知らないことはできないわけよ。

 

橋の下の浮浪者とのエピソードで、マリオが経験を学ぶ前と後の違いをみることができる伏線回収ポイントになっていて見事だったなぁ。これはぜひ直接観てほしいシーンなので多くは語らず。

 

哲学的というかスピリチュアル的な言葉も多く、時枝が「肉体は乗り換えることができない。大切にしろ」といったり、時枝がマリオに「自分を殺せるか?」と命じたときに、速攻返ってきたマリオの言葉「いえ、これ(自分の肉体)を殺しても私は殺せません。私はサーバーに存在することかできます」みたいなやりとり。

なんか、「肉体は死んでも魂は死なない」みたいなどこかスピ的な感じすらする。

 

 

五感を感じるということの美しさと複雑さ

至とマリオの交流場面、セリフもいいのはもちろんのこと、ロケハンの美しさや至とマリオとの距離感も絶妙で、ストーリーが進んでいくのに合わせて二人の距離感が徐々に徐々に縮んでいく。

ちょっと『ターミネーター2』のシュワちゃんとジョンの交流に似ているなと思ったりもしたけどね。

 

特に素敵なシーンがあって、至と二人で街を歩き、あらゆる感覚を感じるマリオの映像が美しく、またセリフがいいんです。

 

とても忙しい。五感への刺激が私の中に次々と何かイメージを想起させる。これは衝動というものかもしれない。感覚的でとりとめのない、浮かんでは消える、何か断片的な・・・

 

データ処理ということでは同時進行なんていとも簡単にできるマリオ。命令や指示に対して処理をすることがAIとしての存在意義だと思うし、そういう仕様で悩むことなく存在し続けていたわけよね。

 

それが、肉体を持つことにより、五感を通して命令や指示以外のことが不定期にやってくる。五感で感じることはデータ処理の観点からしたら「負荷」であり「刺激」、それが思わぬ衝動や発見になり、それが感情になる。知識と体験は違うということを「体験」するマリオがとても可愛かった。

 

人間で置き換えるなら、脳や遺伝子が全知全能だとしたら、肉体があることは負荷であり抵抗であり刺激。肉体がない「魂」というエネルギー体だけの存在だとしたら、きっとAIと同じように情報処理なんて同時進行で一瞬でできて、どこにでも飛んでいけるのだろう。

 

肉体という入れ物があるばっかりにタイムラグが生まれ、処理がすぐにできないというストレスになるのだなと。

 

 

 

矛盾や煩悩を学ぶマリオ

矛盾したことを言ったり、お金に執着する人間の欲望まみれな姿を淡々と眺め、「素晴らしい」というマリオ。知らないことを教えてくれる人はどんなひどい人間でも、煩悩を学びたいマリオにしてみれば「素晴らしい」こと。

 

煩悩は人間の持つ業だといわれるけれども、視聴しながらそもそもどこから煩悩は生まれるんだろうという疑問が湧き、マリオが学習していく過程を見ながら自分に問いかけながら観ていました。

 

人間は煩悩を持って産まれてくるわけではない。肉体を持ち、五感を通じて制限を知り、できること・できないことがあることを体験的に知る。そこへ、外的環境による社会通念や道徳という名の場面対応力を学習させられる。

 

それが善悪の誕生であり基準。基準値ができるということは比較があり、全貌や嫉妬が生まれる。こんなふうに人間の業はできあがるのかと、その課程をマリオの成長をみながらなぞったような気がしました。

 

マリオがまだ学習はじめの頃、あまりにも感情がなく優等生すぎて、時枝が「つまらない」というシーンがあるんですが、人間のおもしろさって、感情によって喜怒哀楽があるから面白く豊かに感じられるわけで、反面、感情がなくなるととたんにつまらなくなる。

 

人間も、間違いがなく優等生な人間を強く求めるくせに、実際にそうだとつまらないというところがあるけど、本当に矛盾と不合理さを持ちあわせているのが、人間というものなんだわね。

 

マリオの感情部分が育つ前の人間の行動が、矛盾だらけでやっかいであることを、マリオと対比することによって見事に際立たせる演出がうまいなと思ったわ。

 

恐怖を感じているのに死を欲しているとか、殺せといったりやめろといったりする人間に対して、理路整然と矛盾点を突っ込むマリオ。その矛盾の狭間が人間の感情であり煩悩なんだけど、AI学習の初期段階では理解できないわけ。

 

でも、そういった経験の蓄積が、あとあとマリオの行動や決断に繋がっていくところもよかったんですよ。

 

 

隣に誰かがいないと生きている実感がしない

ドラマ後半は泣けて泣けて仕方がなかった。西島秀俊に泣かされるとは思いも寄らなかったわ。

 

最後、マリオは警察との格闘のすえ肉体を失い、ただのデータに戻るんだけど、自発的に至の端末にアクセスし、会話するシーンがもう号泣。マリオが肉体を持ったからこそ語れる実感こもったセリフが秀逸すぎて・・・。

 

肉体がないことは身軽だけれども、ここは物足りない。また君と街をうろつきたいよ

 

というマリオ。煩悩が残ったみたいだねと至に指摘される。 

そしてしみじみと「誰かが隣にいないと生きている実感がしない」というマリオ。深い!深すぎる! もうこのセリフで涙がぶわーっと溢れてしょうがなかった。

 

至に対して執着が生まれて、自我を持つまでに進化しているってことなんだけど、マリオの煩悩とは、最初は知識としての感情や反応だったのが、肉体を持つことによってデータ=体験の積み重ねによって欲望が生まれるということなんですね。

 

なるほど、人間も同じかもしれない。肉体という制限を持つことによって制限を超えたいという「欲望」が生まれる。あらゆる感情や煩悩の根源は肉体を持つことだったんだなぁと。

 

そして、肉体があるからこそ他人の存在を直に感じることができる。そもそも肉体がないということは生きてはいない「死」よね。肉体があってこそ「生」ということ。

 

マリオ的には肉体がないだけで記憶ごとデータとして存在しているので、死んだつもりはないだろうけど、それでも「生」の実感は肉体があってこそなのだということを感じるまでに進化。時枝博士のデータもさぞいいデータとれたでしょうよ。

 

また、至にとってもマリオの成長が自分の存在意義を問い直すきっかけになり、1度は死のうとした至も、肉体があってこそ他人を感じられる尊さに気付き、距離のあった母親との関係もあらためて尊いと感じるようになった。観ているこちらも至と同じ気持ちになりました。

 

最後、マリオはすっかり至のスマホに常駐しちゃったけど、これは完全なマリオの「執着」といってよろしいか?

 

ドラマを見終わって、じんわりと「生きている」ことの幸せをかみしめ、この肉体があるから感じられることなのだと実感しながら、今も感動が続いています。

 

 

 

続編、希望!!!!

さすがアクション系ドラマや映画出演の多い西島秀俊、アクションシーンは違和感なし。ていうか、えんじジャージ着て無表情にアクションを決めるところはカッコよすぎ! ちょっと惚れてしまったわ。

 

後半でも戦闘するにあたってデータを収集して、型を練習しているところもめっちゃかっこいい。もっといろんな格闘技技がみたくなったわよ。

 

NHKさん、続編希望よおお!!! 

今度はクローン技術で西島秀俊を復元、もしくはプロジェクションマッピング的に至のスマホから映像が映し出されるパターンでもいいから、マリオを復活させてほしいいいい! 

 

で、至少年と再び人間らしく生きることを学びつつ、AIマリオがネットワーク上でうっかり警察の秘密を知り、対決するってのでもいい。

 

ああ、観たい!是非とも観たい! そして、西島秀俊にえんじのジャージ、もしくはコスプレしてアクションさせてほしい!!

 

今のところ、再放送の予定は発表されていないので、早く観たいという方はNHKオンデマンドで 視聴可能ですが、年末あたりNHK総合で再放送ある気がするのよねぇ。なので、気になる人は今後の番組表要チェックしましょう~。

 

 

www.nhk.or.jp

 

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