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【いだてん】22話感想ネタバレ:いろんな立場の女性たちを見せてくれた45分間

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Don Voaklander | Flickr

 

 


NHK大河ドラマ『いだてん』、ずーっと欠かさず見てきたしおもしろいんですが、展開的に金栗四三ががんばっても、栄光どころか苦労の連続。走ることにのめり込みすぎて家族を顧みないようなところとかが逆にイラッとしたりして、こちらの感情はそんなに動かなかったんですが、今回めずらしく感想を書きたくなりました。

 

以下、ネタバレがあります。観ていない方はご注意を!

 

 


竹早の女子たちが、四三のおかげで運動に目覚め、袴姿から心も体もどんどん身軽になっていくわけなんだけど、体育協会は男子も女子ももっと運動を普及させようと奔走してはいるものの、そう簡単には世間に浸透していないばかりか、「女たるもの」みたいな風潮はかわらず。

 

四三が懸命に指導しても、女子体育が世界に遅れをとっていることすら世間に知られていないわけよ。女子の体育大会は行われはするけれど、世間は体育という認識よりも、ユニフォームがどうとか足を出したの出さないのと、そういう視点でしかみていないのよね。

 

身軽になった女子たちのユニフォーム姿がアイドル化され(ある意味スポーツ普及のきっかけにはなるだろうけど)、ブロマイドを売る美川(勝地涼)とかこいつなにやってんだろ?と思いつつ、四三の教え子・富江の父親(板尾創路→まーた生徒の父親役だわね)にブロマイドがみつかり余計反発をくらうとか、四三や体育協会の思惑と世間との隔たりがあまりに離れすぎている描写でもあったわよね。

 

史実はわからないんだけど、この時代はどんだけ四三がオリンピックに出場したり駅伝をやったりしても、本質的な体育教育のなんたるかは伝わっているように思えない描写なのは、意図的なのかなんなのか。

 

四三はただ主義主張を情熱で押し切って周りがしょうがなく折れるというパターンなので、人と対峙したときにちゃんと理由を伝えるとか話し合うということがなさそうだし、それが周りと軋轢を生む原因なんだけど、そういうキャラで押し通す感じだよね。

 

富江の父親は娘可愛さもあって学校に乗り込んだのだろうけど、そこに正論でぶつかる四三の熱さ。四三らしいといえばらしいんだけど、富江が足を出した以前に「なぜ娘を褒めないのか」と反論するところがいい。でも、その父親の気持ちを汲まずに正論でぶつかってしまっては、反感しか買わないわけで、結局、父親は四三を退職に追い込む署名まで集めてしまった。

 

ふと思い返すと、四三が女子のスポーツ普及させようとした目的が、wiki先生によると「将来母となる女学生の心身を鍛えることは国の重大事である」ということを掲げている点からして、このことを富江パパにちゃんと伝えるべきだったのでは?と思ったわよ。「将来母となる富江の心身を鍛えることが子を産むために必要だ」とかなんとかいえば、ここまで拗れなかったんじゃないかと。

 

そのことを知った女子たちは教室で立てこもるシーンが、同じ女性としてこみ上げてくるものがありましたね。奇しくも現実世界では「女性のヒール問題」や少し前には「#metoo」などの女性運動が起こった流れから、これらのことを静観しているだけとはいえ、女性として生きていて、体験的に抑圧されたり、我慢を強いられる場面はあったし、やり過ごしているように思えて、実は内側にヘドロのように横たわっている抑圧はある。その部分を否応なく刺激されるシーンでしたね。

 

嫁に行くことだけを考え、女らしくすることこそが学校のモットーみたいなものなわけで、そこへ反旗を翻した女子たち。スポーツをしてウェアを替えたり上達することと、女らしくあることは別物であり、本人たちもそのことに気がついている。

 

「女らしい、らしくないって誰が決めたんですか!? 男でしょ!」
「たかが靴下脱いだくらいでガタガタ騒いでいるトンチキな文部省も、それにビクビクしている先生たちもてんで男らしくない!」

 

はー、このへんのセリフはものすごく清々したーー。全国の女性たちが大いに頷いたことでしょうよ。目に浮かぶようだわ。

 

「女らしさ」をすべてにおいて求めようとする世間の風潮。男性だけでなく、シマちゃん以外の女性の教師すら「女らしくない」と男性に同調し、女はなにもせずしとやかにするべき=女性に人権がない、といわんばかり。学校に女性の教師がいるくらいだから、もう少し寛容かと思っていたけどそうじゃないんだねぇ。

 

このエピソードが史実にあったかどうかはわからないけど、あまりにも現代と通ずるところがある。今でこそ女性も肌の露出はできるようになったけど、「女らしさ」の概念や風潮は変わってない、そんなことにも気づかされた場面でした。

 

この22話、あんまり視聴率よくなかったらしいですが、いやいやどうして。いろんな女性の心情を絶妙に表した女性にとっての神回だったと思います。

 

他にもこんな女性たちが描かれていたじゃないですか。

 

孝造(森山未來)の妻となったりん(夏帆)のわけもわからず見合いさせられ、相手がどんなクズであろうと嫁に行ったらかしずくのが当たり前、とか。

(てかさ、りんの親も芸のどこをみて「まじめそうだ」って思うワケ? 芸の良し悪しで嫁にだそうと思う親も親。結納?らしき席で、まとにも向き合いもしない孝造の態度をみてもなお嫁に出そうとするなんて、ちょっと親としてどうかと思ったんだけどね。私が親なら孝造の態度みて結婚取り消すわ)

 

シマちゃんが教師を続けることやオリンピックを目指していたのに、志し半ばでご懐妊。そのことに悩むシマちゃんに母は強しといわんばかりのスヤの励まし。

 

二階堂トクヨは、身も心も捧げた人が妻子ある人だったことから、恋に破れ、一層女子スポーツに人生を捧げる決意をするとか。

 

岡山でのテニス招待試合に現れた、体格がよくてスポーツ万能すぎて化け物扱いされる人見絹枝(菅原小春)などなど。

 

女性のあらゆる場面、立場、体格で、男性や世間というものに翻弄されたり岐路に立たされるということを、いろんな立ち位置で見せてくれた女性のための45分だったんじゃないかな。

 

ドラマの終わり方が、いかにも次に続くようなかんじだったけど、続きからやらないで、既にクビになりました場面からスタートが気がする。いずれ、女学生たちと四三の処遇はどうなるのかな、と思わせる終わり方は好き。

 

おしまい。