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【ひよっこ2】2話感想:まんぷくラーメンがあかね坂商店街を衰退に追い込んでた

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midorisyu | Flickr

 

 

アメリカンニューシネマ、イージーライダー、アポロが着陸した翌年の1970年、万博、ファーストフードときましたか。

 

 

宗男(峯田和伸)叔父さんよ、農家なのにシャツがさりげなくおしゃれだし、ジャージなはずなのにカッコよく見える。田舎にいるのに感度が高い宗男叔父さん。やっぱりアメリカンニューシネマにかぶれていましたね。絶対影響受けまくっている。だから、トラックで逃避行まがいのことをやってみたくなったんだねぇ宗男叔父さんよ。子どもみたいだわ。

 

【反抗と逃避】アメリカン・ニューシネマの傑作映画10選 | ciatr[シアター]

 

東京に恋い焦がれて勝手に東京に来てしまうんだけど、それがまた憎めないいいキャラ。ダメダメキャラなはずなのに、その破天荒さと素直さで周りを癒やすんだよね。だからいきなりすずふり亭にきても、みんながあたたかく受け入れて、ハヤシライスごちそうするのよ。

 

やっぱり峯田くんは東北訛り(厳密には茨城弁なんだけど)が似合うわー。『いだてん』での江戸弁っていうの? あれは無理があるのよ~~似合わないのよ~~。

 

ビートルズもそうだけど、このドラマ、ちゃんとその当時の音楽とかカルチャーをいれてくるところがいいわね。『まんぷく』ではせいぜい万博とか幸の派手な格好くらいで、世相がイマイチわかりづらいんだよね。

 

鈴子の落ち込みというか懸念は健康上の理由もあるかもだけど、高度経済成長期でどんどん新しいものが入ってきて、古いものは淘汰されつつあるそんな時代。洋食屋の在り方も変わってきたってことよね。万博を機に世界のいろんなものが入ってきたことや、インスタントラーメンという新しい食べ物の登場や手軽なファーストフードも入ってきた。

 

中華料理屋の光石さんは万博の影響というよりも、萬平さんの作ったインスタントラーメンにより売上が右肩下がりだそうだ。「どこのどいつだよ、あんなもの発明したのは! 出てこい!」と空を仰いで叫んでいた光石さんたち、あれは『まんぷく』のまんぷくラーメンに向けて叫んでいたのね。ウケる~。

 

ちょうど万博のあたりですでにまんぷくラーメンは市場を席巻していて、萬平さんはカップ麺の開発を始めたころだもんね。

 

萬平さんが画期的なものを発明して喜んでいる影では、麺を扱う飲食店が打撃を受けていたという描写は、『まんぷく』では確かに描かれておらず、発明部分の時系列視点があるのみ。まさか『ひよっこ』の中でこんなふうにインスタントラーメンのあおりを受けた飲食店として描き、結果的に広場に漂う悲壮感をより際立たせるかたちになったとは・・・演出とはいえ、朝ドラ連携、なんかすごいものみた気がするわ。

 

すずふり亭の客に、海外から入ってきたパスタと比較され「違う」といわれる始末。昔は洋食屋さんもそれなりにステータスもあったし、ちょっとした高級店だったはずだけど、世の中はだんだん安くて便利なものへシフトし、本場のものが入ってきては多様性が広がってくる。そんな時代になってきたのだ。

 

商売はいつどうなるかわからないと悲観的な鈴子。どう考えても岐路に立たされていることには変わりない。お店に立つたびに、客からいろいろなことをいわれてきたのだろうし、それは店の面々も同じように感じている。このまま洋食屋を続けていても衰退するかもしれない。そう危惧していたからこその元気のなさだったんだろうね。そしてさ、鈴子のセリフがまた悲壮感マックスなのよ。

 

豊かになるっていうのはそういうこと。

いろんなものが出てきてみんながそれを楽しんで、それは悪いことじゃないもんね。素敵なこと。

でも、1つのことだけやってたら生きていけなくなるのかねぇ

 

奇しくも、1970年から50年立とうとしている今、1つのことだけやってたら生きていけなくなる複業時代に突入しているのよ、鈴子さん。飲食店なんてあっという間に潰れるし、老舗店が老舗店として生き残るには、高級路線貫いてセレブ相手にするとか、よほど美味しいとか、なにか工夫しないと生き残れなくなっているのよ~~。このままだと、すずふり亭は営業形態を変えて仕出し弁当とか始めるかもしれないよね。ビートルズの警備員向けに赤飯の仕出ししたのみたいにさ。

 

もしかして、秀が乙女寮メンバーに出したパフェは伏線? もともとデザートもすずふり亭メニューにあるかもしれないけど、洋食が廃れようとしている中で、デザートをもっと特化していく方向性が生まれるのかも!? なーんて思ったけどどうなんだろう。

 

乙女寮の面々がねぇ、またいいわけよ。立場も年齢も違う女子たちがまるで実家に帰ってきたかのような暖かさで互いを受容し合うの。幸子の夫・雄大の甲斐性のなさとか、時子が女優になったことすらもう特別なことではなくて、単なるイチ職業婦人ってかんじにみんなが特別扱いせず普通に接するところがいいし、豊子が男社会の中で奮闘し、「男社会は腐ってます!」と言い切るほどの憤りを感じるところとか、澄子の実家はあいかわらずお金の無心をし、そんなことを同居している豊子に話すと、豊子が自分のことのように怒りをあらわにしてくれる。

 

そして、話をしているうちに心が晴れてくるというくだりの、なんともいえない澄子の表情と癒やされ感。いろんなことがあっても日常ってこんなだし、それでも生きていくんだというあたたかい描写が観ているこちらにも力をくれる。

 

みんなそれぞれの場所で頑張っているんだよ。その子の身に起こっている出来事がいい悪いじゃなくて、懸命に生きているその姿がただただ愛おしい。よくある何気ない日常なのに、乙女寮の面々が語り出すとこんなにもキラキラすると同時に、自分も普通に生活できていることって尊いなって思えてくる。特別な何かになろうとしなくても、日常を大事にしていくだけで奇跡の連続を経験しているのかもしれない。

 

『ひよっこ』の神髄ってここなんだよね。そのキャラクターをそのまま受け入れる。サボり魔の元治や破天荒な宗男叔父さんでさえそのまま受け入れるし、その存在で癒やされている人がいることも確かなの。誰も無駄な人なんかいないし、むしろみんなが必要。これほどまでに優しいドラマはあっただろうかと思うし、もしかしたら自分はこの世に存在していてもいいのかなと思わせるドラマの力ってすごいと思う。『ひよっこ』を観るだけで多少なりとも自己肯定感が上がるんだよね。これってすごいことだと思うよ。


2話は、1話で出てきてないキャラの近況報告がメインな感じで、最後は松下さんまで登場するって、もらさずキャラを登場させまくり。松下さんに何をさせるのよ。あれで終わりかしら? 世津子さんはフランスに行っている設定でお姿なし。残念。とりあえず、あらかた出演者は総ざらいしたので、3話、4話で動きがあって決着するのね。もうこのまま次期朝ドラにしてもらってもいいのになー。もうずっとと観ていたいよ『ひよっこ』。『北の国から』みたいに定期的に延々とやってくんないかな。