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【3年A組】10話最終回感想:一颯が本当に伝えたかったことを考える

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3年A組 ―今から皆さんは、人質です―|日本テレビ

 

終わってみれば視聴率も良く、ドラマ終了直後のhuluにアクセス殺到してサーバダウンするなど、話題性に富んだドラマとして有終の美を飾ったわけですが、これはもう菅田くん+永野芽依の迫真の演技が支えてきたといっても過言ではないでしょう。この2人がいなかったら私は途中脱落してたな。

 

ドラマが伝えたかったであろうメッセージは、デジタルネイティブである10~20代に一番届いたみたいで、サーバーダウンという事象が起こっても炎上までいかなかったらしいです。ドラマ効果ありましたね。


以下、ネタバレが含まれますので、観ていない方はご注意を!

 

 

 

9話では、景山澪奈に関わるフェイク動画を作った教師の武智大和とベルムズを糾弾することで終わりなのではなくて、真の目的は別にあるというところで終了してたので、これ以上なにを目的にするのか皆目見当が付かなかったわけ。だいたいが、事件に対して犯人がいて、それが捕まって終わりなパターンだから。

 

この10日間によって、世間はこの事件に釘付けになっているわけだけど、世間はまるでエンターテイメントとかリアリティーショーを見ているように他人事で、ただ思ったことをSNS発言をし続けたり、その様子を笑いながらスマホをのぞき込む姿は、ドラマとはいえ、ゾッとするシーンだなと思いましたね。

 

凶悪な事件が起こっていても、スマホを介するとそれはリアルではなくなるのか、SNS民は言いたい放題だし、SNSを前にするといとも簡単に愚痴を吐き出すシーンもリアル。監禁された子どもたちの親も疲弊しすぎて「何日学校に寝泊まりしたと思ってるんだ」っていう本音投稿するシーン(子どもの心配よりも自分かよ!と思った)とか。何気にドラマ冒頭シーンから、SNSの浸透ぶりが顕著であることがうかがえる演出でした。

 

一颯は精神を病んだ文香の一件から、悪をなした実行犯以上に、そのことを正義の名のもとに糾弾し拡散、炎上させてきたSNS利用者も問題であることを、身をもって知らしめることが一颯の目的だったというオチ。

 

なにか事件が起きたとき、本来ならば被害者と加害者が当事者同士で裁判や解決を試みるはず。それが、かつてはテレビのワイドショーや週刊誌がやっていたことだけど、今ではSNSの普及によって不特定多数の誰もが二次的に荷担し糾弾する世の中になった。しかも自分は正義だと言わんばかりに。

 

そのことを言及したかったがために、実際に事件を起こして、SNS利用者に直接訴えたというわけだ。

 

菅田くんの演技も回を追うごとにどんどん迫真に迫っていくわけよ。病気で余命幾ばくかもなく衰弱していくという演技を強いられるので、このドラマのために体重10キロ落とした菅田くんも、衰弱演技+アクションありきでリアルに衰弱したんだろうなぁ。

 

その状態で演じたドラマ後半のセリフは圧巻だった。こちらがドラマについてあれこれケチつけたり、思うところはあるけど、菅田くんの圧巻の演技でいったん持っていかれた感じがする。久しぶりに菅田くんを堪能できた気がする。

 

一颯に込められたメッセージは祈りでもあったことは郡司(椎名桔平)のセリフで語られるけれど、菅田くんの演技によってそれはすごく伝わってきてたし、単なるドラマのセリフなのではなくて、脚本を書いた脚本家をはじめとするドラマ制作者や、エンタメ業界に関わる人たちの祈りでもあったんじゃないかなとすら感じましたね。

 

エンタメに関わる人たちは、テレビ視聴率やらSNSの評判に翻弄されてきた張本人たちだものね。特にドラマに出ようものなら、いいも悪いもすぐにSNSで発言され、その評判や炎上を気にして敏感になっている。そして、テレビもなにかと「ネットの反応」と簡単に取り上げて、ただ一部の人間の発言なのに、さも世論の代表かのように取り上げてしまうところもどうかと思うし。

 

それこそ、永野芽依ちゃん主演の朝ドラ『半分、青い』放送中、これは脚本家の北川さんが不用意なSNS発信をしたことから炎上していたことは記憶に新しいし、その脚本で演技をしていた芽依ちゃんもなにかととばっちり受けたんじゃないかなと想像すると(実際に役柄については叩かれまくってたけどね)、悪評は有名税という以上に人々に晒される過酷な仕事ですよ。そういうこともあって、実際にエゴサーチしない芸能人多いっていうしね。

※『半分、青い』はとにかく叩かれ方が凄かったから! 

wiki参照

半分、青い。 - Wikipedia

 

菅田くんについてはあまりネット上での悪評は目にしたことはないけれど、もしかしたらこちらが知らないだけで本人、あるいは出演作がSNSで叩かれた経験があるかもしれないし、炎上している芸能人が近くにいたこともあったかもしれない。・・・ということを加味して想像すると、(どうしても臭いセリフがアレなんだけど、そこは菅田くんの力量で払拭)もうセリフ以上の「祈り」にしか聞こえなかった。

 

ゲスい世間を10日間であおりにあおって注目を集めて、最終的にSNS民たちを逆に翻弄するところはおもしろかったし、エンディングのさくらが一颯の遺影に語りかけていたシーン、

 

あの事件で、世の中が大きく変わったなんてことは全然なくて、まるでなにもなかったように、みんな相変わらずせわしなく生きてて・・・

 

というラストは、結局、ものごとは風化していくだけだよなというある種の絶望感すら感じるし、このドラマが多少なりとも影響を与えたとしても、少し経てば風化していくのを予期しているかのようにも感じる。

 

余韻もなくクロマニヨンズのED曲で明るくかき消されるのは、意図的に「せわしなさ」を表現したものなのかなんなのか。とにかく、脚本もED曲もメッセージ性が強くて、私個人としてはおなかいっぱいです。

 

一颯が本当に伝えたかったことを考えてみる。

よく知りもせず、考えもしないままSNSで人を傷つけてほしくないということ以上に、とにかく自分でよく考えて欲しいってことであって、なにもいうなということではないんだよね。


例えば、何らかの情報を知り得たとき、そのことに対して自分が反対意見を持ったとして、それを感情的にぶつけるのではなくて、よく考えて意見を述べたらいいってこと。現代のSNSはあまりにも考えなしに反応だけしているし、だからってなにもいうなということでもない。いい人になれということでもない。本当に間違いだったら野放しにしていいわけでもないしね。

 

憤りや怒りを感じることもあるんだから、そのときこそ、いったん落ち着いて考えて反論しようってこと。

 

SNSに裏アカが存在したり、ネットだけで悪態つく人は、人間、正論や正義だけだと息苦しくて、負の感情や毒を吐かないとやってられないことがあるから、そういうものが存在するわけだよね。いじめの根本ってそこにある気がするし、誰もが抱えている部分だと思うし、溜まってくると苦しくて、ウ○コみたいにどこかに吐き出さなきゃ気持ち悪いんだ。その気持ちはすんごくわかる。

 

自分が本当はこんなにも嫉妬やねたみ、羨望、怒りにまみれ、それを正義という言葉にすり替えては人を責める。自分の中にある負の部分を認めてあげないかぎり、いじめや攻撃は収まらないんじゃないかなと思う。

 

だから、まずはそんな感情がわいたことを認めて、考えてから発言する。それなら攻撃ではなくて堂々と異を唱えられるんじゃないかなと思うけど、そうは簡単にいかねーよというのが人間。誰もが正しくいられないし、何が正しいのかなんてわからないものだと思っていたほうが賢明かなと思う。

 

SNSは本当に諸刃の剣。便利でもあり凶器でもある。震災のとき、SNSやネットの情報でどれだけ助かったことか。そういう素晴らしい面もありながら、使い方によっては人を殺す道具にもなってしまう。だからこそ、上手に使って、使われないようにしようって頭の片隅にちょっとでも刻んでおきたいものです。

 

よくよく考えてみて、SNSの世界はスマホの先にある一部の特殊な世界ってだけで、すべてのあまねく人々が繋がっているわけじゃない。そう思うだけで気が楽になる気がしませんかね。

 

いずれにせよ、現代のSNSいじめに警鐘を鳴らすドラマであったことは間違いないし、大人でもSNS依存になりがちな人や、この春から学生さんでスマホデビューするなんて人は、一度このドラマを1話から通しでみたほうがいいかもよ。

 

<余談>

このドラマと併せてお勧めしたいのが、去年NHKで放送された野木亜希子氏脚本ドラマ『フェイクニュース』もお勧め。こちらもある1人のおじさんの恨みからフェイクニュースを拡散させ、そのことに翻弄される個人、会社、社会を描いた傑作ドラマです。SNS拡散の恐ろしさがけっこう生々しくていいのよぉ。

 

がしかし、現在、NHKアーカイブスでも配信停止中だし、本当は今年の2月にDVD発売予定だったらしいのですが発売延期。これは主要出演者の1人が事件起こしちゃった関係かなー。お蔵入りなんて残念過ぎる! 必ずDVD化してくださいよ、NHKさん!