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【いだてん】27話感想:田畑政治のプレゼンテーション力は何度観ても勉強になるよ

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halfrain | Flickr

 

リアルタイムでは泣けなかったのに、2回めにゆっくり視聴してたら、めちゃくちゃ感動して涙が止まらなくなった今回の27話。まさに副題にある「替り目」を表した回でした。


以下、ネタバレを含みます。観ていない方はご注意を。

 

 

実次、死す

これほどまでに家族を思ってきた人はいただろうかというくらい、金栗家の父親代わりとして一家を支えてきた実次。いつも明るくて、どーんと構えているかと思えば、自分がどう思われても構わないという勢いで、家族のために影で人に頭を下げることができる男。

 

一家を支えながら、四三の才能を常にサポートするべく、大学に行かせ、オリンピックの資金を集める今でいうならマネージャーかプロデューサーだよね。しかも、池部家は大スポンサーだし、スヤとの縁談をまとめ、池部の家に婿に出しても同居を強制せず、事実上の単身赴任状態を取り持つべく、実次が足繁く池部の家に通い、スポンサーである幾江には頭が上がらず、どんなに嫌味を言われても相手をする。

 

劇中でも実次エピソードが回想されていたけれど、四三が活躍できたのは、ほかならぬ実次がいてこそだった。マラソンと子作り以外の四三ができない熊本生活の部分を一手にひきうけていたようなもんだ。病弱な父親に代わって家計を支えてきて、田舎の長男坊としてただただ純朴にまっすぐ生きてきた男なのよ。

 

今回、実次が講道館に道場破りに行ったエピソードがなんとも切なくてしょうがなかったの。昔(1話だっけか)、父親と四三が九州にやってきた嘉納治五郎を見に行くというエピソードがあって(実際には会えていない)、それを帰宅後に嬉しそうに話す父親をみて、当時の実次も少なからず羨ましかったんだろうと思うのね(今思えばこれは伏線だよね)。

 

四三が嘉納治五郎のいる学校に行き、のちに一緒にオリンピックを目指すことになり、四三の人生も大きく変わっていった。兄としても喜ばしいことではあったけど、四三が熊本に帰ってこないためにいつまでも尻拭いさせられるはめになって、いつまでも自分の人生を生きていたとは言い難いのよ。

 

今回はもう実次サヨナラ回ということもあって、実次は最後の最後に自分の夢を叶えに東京にやってきたのかなと思ったわ。東京での「用事」とはまさに昔、本当は自分も会いたかった嘉納治五郎に会うという夢を叶えにやってきたわけだ。人のため、家族のために生きてきた実次にとっては初めて自分のために行動したってことよ。

 

嘉納治五郎に会うという自分の夢も叶えたし、今まで四三がお世話になったお礼も言えたことは、彼にとってこのうえない至福のときだったに違いない。実次は結果的に自己犠牲の半生だったともいえるけれど、四三の存在によって自分も田舎に居ながらにして夢を見てこれたんだろうと思うと、きっと幸せだったと思いながら旅立ったんじゃないかな。

 

実次役の中村獅童、全編通してすごくよかった! 若いときはやんちゃな役柄も多かったし、実生活もわりと破天荒な人だけど、40代すぎてからそれらの味が出てきていい感じに開花した印象。今回、役に合わせたのかどうかわからないけど、そこそこ中年太りぎみで顔がぽっちゃりテカテカ、でもニカッと笑う実次がなんとも愛らしいことよ。助演男優賞差し上げたい! お疲れ様でした。

 

 

田畑政治のプレゼン力

実次もなかなかの資金調達力(というなの土下座)だったけど、それ以上に田畑政治のプレゼン力には目をみはるものがありますねぇ。ぶっちゃけ、一方的にまくしたてているところもあるんだけど、いつのまにか引き込まれているわけよ。あの水泳に対する熱意と揺るぎない自信、本当にぶれない。やはり明確な目標がある人のプレゼンは引き寄せ力が違う。

 

彼のプレゼンのすごいところは、まず、とっかかりで「日本とアメリカ、どっちが勝つと思います?」と相手が水泳を知らなくてもそんなの関係なく振っていく点。「掴み」ですね。そう聞かれたら、わからないまでもなんとなく想像してうっかりどっちか答えてしまう。

 

さらに田畑政治は「そう! ちがーう!」という矛盾した叫びを畳み掛けてくるのもさらに引き込む手段になってて、どうして相反する答えがあるのか気になるのでまた耳を傾けてしまうわけよ。そこで、プレゼンは半分成功したようなもの。そこから水泳の実績だけでなく、今後の集客や知名度アップの展望までしっかりと相手にわかるように、しかも熱く熱く、相手が呆れ返るほど伝える。

 

なんだこいつは!?って思われたらしめたもの。人間って、あまりに熱心な人が目の前にいるとよくわからなくても応援したくなるんですよ。ぜひこれからなんらかの資金調達かプレゼンを控えている方は、25話で高橋是清にプレゼンした部分も合わせて田畑政治のプレゼン力を参考にするといいですよ。すごく勉強になります。

 

今回の体協とのやりとりも、体協はお金出す気はあるけど、もっと自分を納得させろとあからさまにいうシーンもなかかな印象的。ちゃんとお金を出す人が納得すればお金は回るんですよ。いやー、私の将来の参考になったわーー。

 

占いも、ローズのママ(薬師丸ひろ子)に「30までに死ぬ」と言われて信じ込んでいたのに、忙しすぎて自分の年齢を忘れてて気づいたら32歳という展開もおもしろいし、そこから、田畑政治の中で占いは当たらないものだという前提に、すばやく切り替えたその速さも目をみはるものがあるのよ。そもそも、占いは自分になにか思い当たる節があると鵜呑みにしてしまいがちだよーというのを表していたことから、「あなた、死ぬわよ」的な占いは気をつけたほうがいいってことですよ。

 

占いを信じていたころは、そのおかげもあって血気盛んに水泳のために尽力し、資金調達もすごい勢いでやれたじゃない。人間、死ぬ気でやればなんでもできるってことでもあったけど、占いがハズレだとわかってからは、生命線を自分で書き足していたやつ。その書き方がさ、手首一周してさらに伸びてて笑った笑った。

 

実際に、手相を自分で書くって有効らしいです。

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嘉納治五郎も今までスポーツ振興やオリンピックに尽力してきたけど、田畑政治ほどじゃなかったのって、あくまでもスポーツ競技全体として推進し、その代表的スポーツが世界的にも陸上だったことから、世間への熱の伝わり方が半端だったのかもしれないよね。自分の得意とする柔道じゃないからイマイチ説得力にかけたんじゃないかしら? 

 

柔道自体がまだ世界的に広まっていなかったし、実際にオリンピック正式種目になるのは1964年からだからねぇ。柔道も陸上や水泳みたいに広まっていたら嘉納治五郎の熱の入れ方も違っていたでしょうに。

 

 

替り目

ラストのシーン、本当に今回で金栗四三と田畑政治という世代交代、入れ替えなんだなぁと感慨深く思いながら涙流さずにいられなかったわ。オリンピックの思い出を田畑政治が尋ねるシーンで、今までの(主にストックホルムだったけど)シーンが回想されるんだけど、視聴者の目線から言ってもやっぱり初回のストックホルムしかないでしょう。

 

自費参加で、しかもなにもわからず長い道中移動して、行った先の環境も気温も行ってからわかったとか、自費参加なんだから気負わず参加したつもりが、いつの間にか日の丸背負っちゃったり、外国人との力の差、レース棄権などなどダークサイド金栗四三が現れたいろんな意味で貴重な経験だったストックホルムオリンピック。

 

そういう苦労話的なエピソードが四三の口から語られるのかな~と思いきや、「甘いケーキと紅茶」って、話の前後の脈略がすっとばされているために、田畑政治にまったく伝わらなかったでしょうが!! どうせならストックホルムの苦労を、田畑政治並にバーっとしゃべって後世のためにすべて伝えてほしかったよ。

 

だけど、四三がそこを一番の思い出にしたのって、やっぱり、レース中に倒れてしまうまでにたくさんの苦労があって、辛くてどうしようもなかったことは一言では表しきれなかったのだろうし、異国の地で現地の人に助けてもらったときの口に入れられたケーキの甘さが、今までの辛さを緩和してくれたような、そんな気持ちだったんじゃないかと思った。だからこその「ケーキと紅茶」に集約しちゃった発言。これは四三本人と視聴者しかわかんない。でも、逆にベラベラしゃべり倒すよりもいい。ニクイ脚本だなぁと思ったわよね。

 

金栗四三は結果は残せずとも3度のオリンピックに出場した先駆者であり、偉大なる人だ。彼がいなければ、ここまでの道筋をつけることはなかったわけで、その部分に関しては田畑政治も一目置いている。そう思うと、今のオリンピックをはじめとするスポーツ振興は、嘉納治五郎や金栗四三他、先駆者たちがいたから今がある。もう敬意を表する気持ちしかない。

 

来年、2度めのオリンピックがやってくるわけだけど、先人たちの努力や災害、戦争を挟みながらも今に引き継がれているのかと思うと、こうしてみんなでスポーツを楽しむことができる世の中になったことがありがたくてしかたがない。きっと来年は万感の思いで開会式を迎えるんだろうな。テレビの前で泣いちゃうよ。


※NHKオンデマンドでは、4話~8話は例の事件で配信を見合わせていますが、ストックホルムでの苦労話はちょうど9話からなので、そこから観ても楽しめると思います。

 

次回は、満州事変というきな臭い世の中の流れがやってきて、否応なくオリンピック招致も影響を受けるわけだ。やっと関東大震災から復興してきたのに、今度は戦争の犠牲に。本当に日本の歴史は一筋縄ではいかない。

 

だけど、その中でどんなふうに田畑政治が切り抜けていくのか、高石(斎藤工)を弄り倒し、松澤(皆川猿時)に殴られる。そんなお馬鹿なやりとりが、これからの物語の希望だよ。

 

 

おしまい。

 

 

【ノーサイド・ゲーム】2話感想:モノ申す。テンポの悪さ&主題歌の使い方が雑!

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John Walton (51) | Flickr

 

 

だめだ、もう今日はボロクソ書く! スルーできないこの気持ちを無視できない。既にこのドラマファンで、ボロクソ話は不快で読みたくないという方はこのままこのページを閉じてください。そのくらい吐くよ。今日は毒しか吐かないよ~~。

 


以下、ネタバレありです。

 

 

 

主題歌の扱いが雑だと思う

日本のドラマにありがちな「前回までのあらすじ」ってやつ。まんま前回放送の編集したやつをもってきたのはいいけど、いきなりドラマ冒頭から米津玄師の主題歌ばっちり流すんじゃねーよ、と興ざめしてしまった。今回の主題歌である米津玄師の『馬と鹿』は鳴り物入りで使用したはいいけど、扱いが雑。効果的に使いたいなら、前回までのあらすじとかで消耗しないでほしいと思ったわ。そこはインスト曲で賄うところでしょうよ!

 

正直言う。今回の『馬と鹿』、ドラマに合ってないと私は感じる。みんな本当にドラマに合っているって思ってるのかな? 合っていると思っている方がいたら、気を悪くするので本当にこの先は読まずにそっ閉じしてくださいね。

 

 

初回のエンディングで流れたとき、あの独特の不穏な曲調からして一発で米津玄師とわかったけど、なんだかずっとモヤモヤした感じが拭えなかったんですよ。

 

米津玄師、本当に近年はオファーが引っ張りだこで、今年公開の映画『海獣の子供』に使われている『海の幽霊』なんてもーーー映画にぴったりすぎて、MV流すだけで感極まるくらいの圧倒的世界観を醸し出しているわけ。

 

だけど、今回のドラマ主題歌は違和感しかなくて(それが狙いなら狙い通りなのかも)、いい曲かといえば諸手を挙げてそうは思えなくて、その不穏なメロディラインが気持ち悪くさえ感じた。なんというか、『アンナチュラル』で成功したTBSが、またしても米津玄師をあてがっておけばいい的な下心が見えた気がしたし、ちゃんと音楽と映像のバランスについてあまり話し合いされていないような気さえする。

 

たまたま、先日TBSで放送された『音楽の日』という番組を流し見していたとき、番宣も兼ねて、夏クールドラマに出演する俳優さんたちが「心に残る音楽」的なトークをちょいちょい織り込んでいたんですが、そこに石原さとみのトークを偶然目にしたんですよ。

 

彼女の心に残る音楽は米津玄師の『Lemon』。やっぱりー!と思いながら、話を聞いていると、ドラマ『アンナチュラル』の撮影のとき、『Lemon』が劇中で流れることを想定してロケが行われていたそうなんですよ。実際にプロデューサーのインタビュー記事を読むとそのようなことが書かれていて、実際に劇中で曲を流したいタイミングを考えながら台本を作ったと。

 

『アンナチュラル』Pが明かす主題歌「Lemon」完成秘話 | ORICON NEWS

 

だからこそ、あれほどの絶妙なタイミングで曲が流れて、一気にストーリーを受け止めつつも余韻を残す演出になっていた。ドラマの作り手側も、主題歌をただ人気ある人をあてがったで終わらせるんじゃなく、ドラマに必要な演出として大事に組み込んだからこそ、相乗効果が生まれた気がするわけ。

 

それがね、今回はそういう熱意を感じられないばかりか、惰性しか感じられない。もしかすると、米津玄師もTBSにどうしてもって頼まれたから、お仕事として作ったような気がしないでもない(違ってたらいいんだけど)。

 

彼はもはや押しも押されぬPOPクリエーターだし、依頼されたお仕事はプロとしてちゃんと引き受けて仕上げるお人だろうけれども、そこに熱量が加わっていないと、それがダイレクトに反映されているように思えるんだよなぁ。

 

なんとなく勝手に感じるんだけど、米津玄師って繊細で感覚だし、気持ちが入ったときこそ名作が生まれる生粋の芸術家タイプなのではとお見受けする。今までの経歴からしても、彼が菅田将暉との出会いや、自分自身が能動的に好きとかやりたいとか思うことや、同じ熱量で周りとどれくらい関われたかが原動力になって名作を生み出しているとっても過言ではない。

 

映画『海獣の子供』主題歌『海の幽霊』を聞いてても、もともと五十嵐監督のファンという下地や関係性が作られていてこそ生まれた名曲だと思うし、まだ映画も観ていないのに、MV聞くだけで感情を揺さぶられる圧巻の曲になっているのは、米津玄師のいろんな感情が溢れ出た結果なんじゃないかな。

 

過去の米津玄師作品を通して思い返すと、どうしても今回は「お仕事」としてこなしたのかなーという印象で、『Lemon』ほどのドラマとの一体感や使われ方の絶妙感はまったく感じず。同じTBSでも、プロデューサーや作り手が違うとこうも違うんだなと感じましたよね。

 

 

 

2話にしてテンポが悪くなっている

うっかりリアルタイム視聴してしまって失敗したと思ったのは、とにかく2話の長だるみ感。テンポが悪くてイライラするのよ。あまりにもテンポが遅いので、早送りしようと思ったら、うわー、リアルタイム視聴だったわーと愕然としました。もうこの時間の無駄ったらない。

 

やたらめったら空間の広さを演出したいらしく、誰もいないクラブハウスに一人悩む大泉洋を引きで映すとか、孤独感を表したかったんだろうけどしつこい! 時間が長い。それに、いつものことんがら、本社会議室シーンもいっつも引きの画からババーンとデカさを強調してから会議するのがいちいちうっとおしい。早く本題入れよといいたい。

 

松たか子の存在もただただ家の中で息巻いている母なだけで、悩む夫を鼓舞しているようにはみえないし、彼女の本領はいつ発揮されるのかその予兆も感じられない。子どももやけに物分りがよく、君嶋がラグビーに絡むことになったことをいいことに、子どもに覚えたてのラグビー知識をさも知ったふうな口で言ってんじゃねぇぞと。

 

なんかもう、2話のテンポ悪さによって、子どもの問題と会社の問題とラグビーの問題を全部こじつけて、はいはい、みんな根底は同じよねといいたくなるようなわかりきった間延び感。やっぱ、テンポが悪い。テンポが悪いと次も観たいという気にならないから!

 

さらに、柴門(大谷亮平)に監督就任を依頼するまでのシーンとか、君嶋と柴門がお互いが嫌っていたという逸話を話すシーンとかやけにだるい。こここそテンポよくしてよ。そしてアストロズメンバーの承認を得て、柴門が新監督に就任するシーンもさ、一人ひとりに思いを込めてグーで選手の胸板を押すところ、なに、全員やるの?ってくらいここも長くてウザいシーンだった。やけにゆっくりすぎて、リアルタイム視聴じゃなかったらすぐに早送りしたかったよ。

 

郷敦くん、いつになったらトキワ自動車に入ってくるの? まだ受けてもいないじゃないの。のんびりしてたらドラマ終わっちゃうよ。

 

で、ドラマのエンディングでもまた主題歌が流れるんだけど、相変わらず画に合っていない(と私は感じます)。その後に流れたインスト曲のほうがずっと合っていたわ。なにも必ず歌もののテーマ曲必要ってんじゃないんだからさ、無理しなきゃいいのに。

 

もう不満たらたらの2話。テンポと脚本の悪さが全面に出まくってた。セリフも陳腐だし~~。来週は選挙で放送休みなので、このままドラマの存在忘れてしまいそうだわ。郷敦くんが出てくる前に脱落しそう。

 

 

 

最近の日本のドラマ、ストレス溜まる

話はちょっとズレるんだけど、ここまで悪態つくにはわけがありましてですね。先週スタートした大森南朋主演、テレ朝『サイン』も大森さん目当てで観たんだけど、法医学ものだといっているわりに、メインは警察とか法医学者同士の権力争いがメイン。

 

亡くなった人の真実がメインじゃないし、権力のためには死因を歪曲したりする。それがドラマの主軸でそこに大森南朋が果敢に挑むっていう話らしいんだけど、素人目に見ても設定があり得ないし、リアルとの整合性が取れているとは到底思えない内容なわけよ。

 

法医学といえば『アンナチュラル』基準で考えると、あまりにもおそまつすぎる。UDIだって外で活動するときはちゃんと許可を取り、検査グッズを携帯して調べているのに、いくら破天荒設定の大森南朋だからって、勝手に監視カメラ映像を調べたり、遺体を勝手に持ち出したり、ここまで正義のためにやりたい放題やっていいのかって話よ。韓国ドラマリメイクってことだけど、だとしてもちょっとひどい・・・。こりゃ、どうしたって『アンナチュラル』にはなれねーわ!

 

あまりのひどさに打ちひしがれ、もう2話視聴はない。この流れで『いだてん』で気持ちを切り替えようとしたんだけど、前回予告で実次の死去ネタバレのせいで興ざめして、せっかくのラストのいいシーンが冷めてしまったし(ときどきNHKがっつりネタバレすんのよね。『西郷どん』のときもネタバレで途中で見るのやめたもん)、そのまま『ノーサイド・ゲーム』2話みたらよけいイライラが再燃。なんかもう、たて続けに日本のドラマにがっかりしてしまった。

 

民放ドラマは予算がだんだん減ってきているっていう証拠なんだろうか? 日9のキャスティングも今までの池井戸潤ドラマと比較しても微妙だし。どうも予算配分がうまくいっていない感じがするのよねぇ。スタッフは過去作の池井戸潤ドラマと同じメンバーだというわりにこの結果だとすると、スタッフの老朽化か、脚本がまずいのか・・・。

 

ここまでクダ巻いて気づいた。民放で無料で視聴できるということはこういうことなんだよね。

 

これで今週の三浦春馬主演『TWO WEEKS』がひどかったらもう夏クールドラマはワタシ的には全滅。海外ドラマに移行する。

 

むう~~~! おしまい。 

 

【Heaven?~ご苦楽レストラン】1話感想:石原さとみが今までの延長な感じが悲しい

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Joan | Flickr

 

7月9日から始まったTBSドラマ『Heaven?~ご苦楽レストラン』って、どっちがメインタイトルだろう。ピンとこないよ。福田雄一以外でコメディドラマがなかなか作られないので、そういう点でもちょっとだけ期待しつつ、石原さとみ目当てで視聴しました。

 

以下、ネタバレを含みます。ご注意ください。

 

 

 

あれ? なんだろ、このもっさり感

もう出尽くした感のあるレストラン再生ストーリー。コメディと銘打っているので確かにテイストはコメディなんだけど、観ている方としてはそんなに笑えるものでもなく、どこかで大笑いを期待してたのに、あれ? なんか笑いがこない。

 

オーナーを始めとするこのレストランにあつまったキャラたちがポンコツで、そのポンコツっぷりで笑ってくれよということなんだろうし、ここ、笑うところだよっていうのもわかったけど、笑いがこない。笑いのツボが個人的に違うのかしら? ほら、年齢行くとちょっとやそっとじゃ笑えないからさ。

 

ストーリーの概要をざっくりいうと、オーナーをはじめとするメンバーもレストランの立地も墓地の隣とかまともなものが何一つない。オーナーはレストランの理想が高いわりには準備不足だったり読みが甘く、プレオープンの招待状すらまともに出せない。とにかくなにもできないんだけど、そのおかげでポンコツスタッフたちが自分たちでなんとかしようと奮起するっていう話。

 

とにかく石原さとみにぶっ飛んだおしゃれセレブをやらせたくて企画したみたいなことはわかった。さらに、キャラの心の声が頭上にCGで現れてぼやくとか、この演出がどこかでみたなと思ったら『民王』まんま。それが逆にテンポを悪くしているように見えてウザい。効果音もくどい。漫画に近づけたい気持ちはわかるけど、なにも『民王』まんまじゃなくても…。

 

 

コメディといいたいマジメなドラマ?

このドラマは漫画原作で『動物のお医者さん』などを描いた佐々木倫子さん。漫画で読むからこその独特の間と笑いだし、原作では本当に次々に笑いを繰り出してくるんですよ。やはり原作はおもしろい! 佐々木倫子さん独特の世界観からくるものがあるんだなとつくづく思いましたよね。

 

原作知らずにドラマを観てもちょっと違和感あって、原作を改めて読んでみたら、なるほどこれは映像化難しいでしょって思いましたよね。原作のテンションすごいもん。かなり原作に近づけてドラマ化しているのはわかったけど、それでも狙ったであろう演出ポイントで笑いがこみ上げない。

 

つまらなく感じてしまったのはなぜだろうと考えてみると、やっぱりテンポの悪さなのかなという結論。

 

キャスティングはみなポテンシャルのある俳優さんたちだし、脚本さえ良ければもっと違っていたはず。石原さとみも悪くないんだけど、すごくいいとも言い切れない中途半端さ。

 

伊賀観役の福士蒼汰も悪くないけど、個人的にはこれじゃない感なのよ。私にはサカナクションの山口一郎にしかみえないし、むしろここは中川大志でしょう! 川合太一役の志尊淳、原作超えたとか言われているけど、そお? 

 

他のおじさんたちは別にいいとして、やっぱりコメディの素地のある役者さんと演出を揃えたほうがいいかなぁ(おじさんたちはコメディできる人たちですよ)。民王つながりで菅田将暉とか、存在自体がおもしろいムロさん、佐藤二朗さん、賀来賢人、シソンヌじろうとかさ。あ、福田組になっちゃうか。コメディやるなら『今日から俺は!』くらい振り切らないとダメよねって話よ。

 

おもしろいコメディ作品っていうと思い当たるところで宮藤官九郎と福田雄一。クドカンのようにキャラの個性を爆発させるようなおもしろいセリフとその応酬、福田組みたいに俳優に脚本以上のおもしろいことを強要して、よりおもしろいものを生み出すとか、もともとお笑いが好きじゃないとかけないなと思うんですよね。

 

作風は違うけど、このお二方に関してはちゃんと笑いを取ることを目的にしているし、どこで締めてどこで緩めるかという緩急もわかっているから、ちゃんと笑わせるし泣かせることもできる。たとえ漫画原作があってもさらにおもしろくする手腕はすごいなと思うし、期待を裏切らないのがすごいのよ。

 

頼むから、このお二方みたいにきっちりコメディで笑わせてくれよ!と期待しちゃっただけに、失望感が半端なかったの。

 

『Heaven?~』はコメディ独特のテンポとか緩急、言い回しが原作に忠実になろうとして、逆に過剰演出みたいになって面白さが失速してしまった印象。『民王』のほうがよっぽどテンポよかったよ。

 

なのに、よけい中途半端になってしまったのはなぜ? もったいない! これだけポテンシャルの高い俳優さんたちをキャスティングしておきながら全員活かしきれていないなんて…。俳優さんたちはいたって脚本通りマジメに演じられていると思うんだけど、コメディ原作の映像化って難しいし、やはり脚本と演出の手腕にかかっているということなんだろうな。

 

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石原さとみの無駄遣い 

そんで、主演の石原さとみ。彼女ありきの企画なのはわかったけど、ぜんぜん活かされていない気がする。あの名作ドラマ『アンナチュラル』を排出したTBSとは思えない扱いじゃない? まだ『校閲ガール』のほうがテンポよくてよかったわ。

 

なんでこんなにイラつくのかというと、『アンナチュラル』の石原さとみが超絶好きだから。彼女は可愛いゆえにルックス先行でおしゃれ系ドラマにキャスティングされがちだけど、『アンナチュラル』の抑え気味で絶望の中で生きていく演技がすごくよかったのよ!!!! ああいう石原さとみがもっと観たいし、深みのある演技をしてほしいわけ。

 

なのに、なのによおお! その後のドラマ『高嶺の花』は脚本が野島伸司ってだけでドロドロ設定はいいとしても、ただただ躁鬱で、現代設定にもかかわらず古臭い昭和なセリフで魅力半減。つくづく作品に恵まれない。お願い野木さん、石原さとみを救済する本書いて~~~。なんなら『アンナチュラル』続編で~~。

 

なーんか今まで演じてきた「ちょっと困ったちゃん、でも可愛いから許される」キャラの延長をやっているみたいで、正直言って新鮮味がない。ぶっちゃけ同じ演技。てことはやっぱり、脚本か演出か監督がマズイってことでしょーー(本人の力量だったらそれはそれで悲しいけどさ)。ちゃんとコメディならコメディのテンポ感演出しようよ~~。石原さとみの新境地を開拓しようよ。

 

せっかく映画『シン・ゴジラ』、ドラマ『アンナチュラル』で演技派の扉を開けたのに~~ただただおしゃれでかわいいぶっ飛んだ石原さとみをみたいんじゃない。どうせなら、コッテコテのお笑いを追求した新しい石原さとみが観たかったなぁ。 

 

石原さとみに免じて1話だけは観てみようと思ったけど、完全に時間の無駄でした。原作はめちゃくちゃおもしろいので、気が向いたら2話見るかなくらいの意欲。そのテンポが出ないなら今後の視聴はナシかな。

 

来週からいよいよ同じ火曜日枠で三浦春馬主演の『TWO WEEKS』が始まるので気持ちはもうそっちいっています。うーん、春馬~~♪

 

【いだてん】26話感想:人見絹枝と田畑政治日本スポーツ界の風穴を開けたアムステルダム五輪

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Rodrigo Soldon Souza | Flickr

 

第2部に入ってすぐにこんなにもまた泣くことになろうとは。とにかく人見絹枝を演じた菅原小春の迫真の演技に圧倒されたすんごい回。

 


以下、ネタバレがありますので観ていない方はご注意を!

 

 


他のジャンル(ミュージシャンやお笑いなど)の人が役を演じるときって、もともと俳優をやっている人を圧倒する力を持っていたりする。表現者として普段から表現しているベースがあるからなんだと思うんだけど、菅原小春もその一人なんだなと思ったわよね。峯田和伸くんと同じようなタイプ。もちろん役作りはするでしょうけど、本人がもともと持っている在り方や魂の部分みたいなものが全面に出ているのよね。小手先だけの演技ではなくて、その人の奥底から放たれるものが溢れ出るので、そこにいるだけですでに役が完成する感じ。

 

www.nhk.or.jp

 

実際にインタビューでも語られていましたが、「自分の魂を活かす」という言い方を何度もされているんですよね。これは小春ちゃんも同じようなタイプだし、NHK側もそれを見越してのキャスティングだったことを思えば、本当に小春ちゃんじゃないとできなかった役でしたよね。

 

 

女子スポーツの風穴を開けた人見絹枝

今回、人見絹枝エピソードの回。彼女を取り巻く環境の厳しさが否応なく描写されててすごく切なかったのよ。ひどいんだけど、そんな時代の中で身を削って結果を出してきたことを思うと泣けてしょうがない。今回もシマちゃん回想シーンから五りんへ映像がつながるニクイ演出もしっかりあったし。

 

今までにもまして女子スポーツに対する風当たりの強さが強調されていた気がする。あの野口(永山絢斗)の「女子には無理だ」発言は心配から来ているんだろうけど、女子体操を推奨する二階堂さんや竹早の女子たちはどうすんのよ!と思ったわよね。それは時代を重ねて元号が変わっても、まだそういう意識かよ!っていう絶望感。

 

せっかくシマちゃんが人見絹枝をやる気にさせてくれて、二階堂さんの元でさまざまな大会で結果を出したというのに、それでも社会は「化け物」「バッタ」「妖怪」「六尺女」「男女」ってひどくない? 日本の男、小せぇって思ったわよね。田畑政治(阿部サダヲ)も本当に容赦なく「化け物」を連呼するしさ。そのくらいひどかったという描写だとしてもあまりにつらい。そう考えると、今よりももっとひどい男尊女卑の時代の中で、人見絹枝はよくぞ戦ったなと思うわけよ。

 

輝かしい結果を出し、世界の注目を浴びることで、女子の陸上競技がオリンピックの正式種目になるくらいの貢献をしたわけだからすごい人なのに、ほんとーーーーーに井の中の蛙・日本。情報なさすぎ。

 

散々バカにしておきながら、オリンピックに出るとなったら手のひら返して、プレッシャーを与えまくる。これって、今も変わらないんじゃないの? そんで、女子選手として参加するも、男子選手の身の回りの世話までやらせてたってのもひどい話。この逸話だけでもかなり腹立つ。

 

周りからの容赦ないプレッシャーをかけられ、案の定、100mでは結果を残せず、人見絹枝は決断するんですよ。

※以下、引用

男は負けても帰れるでしょう。でも、女は帰れません。
負けたら「やっぱり女はダメだ。男のマネして走っても役に立たない」と笑われます!
日本の女子選手全員の希望が、夢が、私のせいで絶たれてしまう。

 

この小春ちゃんの迫真の演技シーン、こっちも泣いたわよ~。どれだけの思いで人見絹枝が決断をしたのか。今までの女子スポーツの扱いを思いめぐらせるだけでも感極まるわよ。自分に対する今までの屈辱、風当たり。

 

ここまでくると結果を出すしか世間を黙らせる方法はない。罵倒されることは嫌なことだけど、結果的に彼女の負けん気に火がつく原動力になったことは確か。そこまで決断できるくらい、感情の鬱積は相当なものだったはずよ。

 

きっと本当に死んでもいいくらいの気持ちで決断し、命をかけたんだろうな。世間を偏見を変えるには、まず自分が命を燃やすこと。それしかないよね。その功績が、こうして今に伝わっているのかと思うと心が震えが止まらないわよ。

 

ただ、残念なのは野口(永山絢斗)の懸念が現実になったこと。結果的に命を縮め、人見絹枝は24歳という若さで亡くなる。確かにwikiの情報を読んだだけでも、彼女が短い期間に相当ハードなスケジュールで大会に出場したり、就職したり、講演会したり、その合間に掛け持ちで競技を行っていたことが読み取れるの。トキワ自動車・アストロズの非じゃないのよ。もっとハードスケジュールだから。

 

現代のように競技の技術のほかにメンタル面、栄養面、トレーニング面の情報なんてほとんどないわけだし、当時は当時なりに情報の蓄積はあったにせよ、女子が大会に出る前提じゃないので、女子の体格差に関してはあまり情報もなかっただろうと思われ、野口が女子の出場を止めたのにも意味があったのかなと、今となっては思うわけ。

 

実際、運動はやりすぎると逆に体を壊すし、まして女性はマラソンなどの走る系の競技においては、走ることによる赤血球の破壊や生理などで貧血になりやすいと言われているので、人見絹枝も少なからずそういう影響はあったんじゃないかと思うし、どうみても大会続きで休養している様子がうかがえないことからして、かなり酷使されたんだろうなと素人の私ですらそう思ってしまった。

 

人見絹枝本人としては、化け物扱いされて生きるより、世界ではぜんぜん普通だとわかったことや、魂燃やした生き方ができたことは、短命だったとしても本望だったのかもしれませんね。

 

人見絹枝エピソード、あっさりとナレ死になっちゃったけど、小春ちゃんの最後のセリフあたりはやっぱりちょっと棒読みなんだよね。だけど、そこがまた初々しくもあり、寺島しのぶの演技力でちゃんと包まれていている様がまたよかったわ。

 

 

参加することに意義・・・ないわ~!

なんでかんで口は悪いし弾丸トークな田畑政治なんだけど、女子のオリンピック参加について議論している会議シーンでの発言は的を得ていると思った。

 

参加することに意義・・・ないわ~!とか、いい加減に勝てよってみんな思っているよとか、勝てる人だそうよとか、

選手の気持ちを面倒見るのが監督であり我々でしょうよ!なにしてたの今まで!
選手に全部背負わせるから、プレッシャーに押しつぶされて実力が発揮できんのだよ!違う?

 

大体が視聴者の思うところを突いていたよね。本当にそう思ったもん。だって、プレッシャーがあることや異国の気温の変化で結果が出ないことは何度も経験してきたのに、まったく対策されてないんだもの。軍国主義さながらの日本にそういうメンタル面のフォローという概念がないってことだよね。嘉納治五郎、柔道家のわりにあんまり役になってなくない?

 

というか、田畑はどこからどうしてそういうことに気がついたんだろうと思ったけど、彼もまた家系的に男子は短命という出自から濃密に生きようとした証なんだろうし、もともと頭がよく好きなことに対する見聞も広い。分析力に長けている。この人が早くに体協と絡んでいたら、金栗四三もなんらかの結果が出たかもしれないと思ったけど、いやいや、田畑は水泳にしか基本興味がないから無理だわ。

 

なんというか、金栗四三もアレな人だったけど、田畑政治も上をいくアレな人。思い込みが激しくて、興味のあることのみにまっしぐら。むしろそのことしかやらない。田畑政治は選手になれないからこそのプロデュース力が発揮されているってところなんだけど、選手のためになにができるかを具体的に示した人ともいえる。

 

そのあたり、嘉納治五郎はぜんぜん気づいていなかったってことだよね。お金かけて大風呂敷広げることは得意だけど(競技場を作ることも大事だけど)、選手の環境を整えることは選手任せでなにもしてなかった気がする。だから今までオリンピックで勝てなかったってことだ。そこは田畑政治の言うとおり。

 

彼の登場によって、陸上以外の競技も注目されて、オリンピックでも今までメダルにかすりもしなかったのにメダルが取れて、選手環境が変わっていくということでは、かなり大きな風穴を開けたこの功績は大きいよね。田畑政治はオリンピックの現場にはいけなかったけれども、それ以上に大きな仕事をした。これは後世のためにもすごいことですよ。ちょっといけ好かないキャラだけど、選手のためならなんでもするという姿勢は好きよ。


で、来週予告、いきなり実次の顔に白い布が! そんなネタバレしていいの? それやっちゃおしまいでしょー。でも、女子水泳選手も生まれるっていうし、田畑政治の暴走っぷりを楽しもうではないですか。

 

おしまい。

 

【ノーサイド・ゲーム】1話感想:スポーツチームの存在意義ってなんだろうねって話

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John Walton (51) | Flickr

 

どうしても先入観が先走ってしまう池井戸潤原作ドラマ。またあのどん底から這い上がるパターンかーというのがよぎったし、個人的にラグビーが好きじゃないのでどうしようかな~大人版『スクール・ウォーズ』なのかな~と勝手に想像しつつ、日曜9時枠はお金かかって見応えあるし、キャスティングもバランス取れていたりするので、まずは1話観てみないとねってことで、食わず嫌いせずとりあえず観てみましたよ。

 

以下、ネタバレがありますので観ていない方はご注意を!

 

 

安定の池井戸潤展開

もうね、いかにも視聴者(というか日本人)が喜びそうなどん底&左遷から這い上がるサラリーマン展開がわかりやすくて、期待という意味では概ね外していないと思うんだけど、個人的にはもう飽きてきたかなという印象。言っちゃあ悪いけど、どうせまた全部丸く収まるんでしょ?と斜めからみたくなる気持ちはあったかな。

 

そして、お約束の大会議室でのお偉いさんの会議シーンとか、やたらデカイ会場での社員集会とか圧倒的絵力も健在なので、映像としては見ごたえがあったし、ラグビー場を高いところから垂直に映した映像は芝の美しさも相まってなかなかの迫力。演出もさすがに日9を多く担当しているスタッフらしく、今までの池井戸潤作品ドラマと遜色はないので、ここも安定してる印象でした。

 

キャスティングも最初は大泉洋どうなんだろう?と思ってたけど、40代過ぎてからいい感じに歳を重ねて、お笑い要素だけでなく重厚な役も似合うようになってきての今回の主演。脂の乗ったベストタイミングな気がしましたね。期待していなかった分よかったよかった。

 

経営戦略のプロというキャラ設定は合っているし、唐沢寿明みたいな「いかにも」感がなくていい。体の線の細さがやたら強調されてた気がするのは、後半の土砂降りの中で何度も何度もタックルで向かっていくシーンで、屈強なラガーマン(=逆境)との対比のようにも見えたし、まったくもってラグビーと縁がないし、ラガーマンにもなれない様を表していた気がする。

 

スポーツと縁がない、むしろラグビー嫌いな君嶋GMが「戦略」という武器を使って廃部から存続へ意識を変えたところは、ただの美しいスポ根ドラマなのではなくて、企業の傘下にあるプロスポーツチームの厳しさや存在価値、現実といったものを、わりとリアルに描写してる気がするし、面白いと思いましたね。

 

妻の松たか子、あのテンションは確かに適役。明朗快活すぎてちょっとうざいくらい。子どもが受けたイジメに対して真っ向から「許さない」と臨戦態勢に入っているのに対して、夫がまず言い分を聞こうとするところとか、夫婦間の立ち位置も1話から明確になっていたのもわかりやすい。息子・博人役の市川右近くんよ、子どもなのに只者ではないオーラが半端なく、やたら体幹整っているなーと思っていたら、歌舞伎俳優の市川右團次さんの息子さん。どうりでね。すでに大物の予感がするよ。

 

トキワ自動車・滝川常務役の上川隆也、うーん、見た目が若すぎる。やはりセサミン飲んでいるせいかしらね。どうしても声質が上ずったような声なので、いまいち迫力に欠けるのが残念。主人公とぶつかるならやっぱり香川照之くらいの脂ぎった迫力はほしいところ。

 

アストロズ次期監督になるであろう大谷亮平もテレビ出過ぎ。ちょっとおなかいっぱい。あと、女子アナ枠なんか作らなくてもいいのに、わざわざ川田裕美を起用するところにイラッとしたな。

 

今後のドラマのキーとなりそうなのが、ハカのシーンでちょいちょいアップになっていた彼。サニー千葉こと千葉真一の息子であり、新田真剣佑の弟でもある眞栄田郷敦(まえだごーどん)くん。ゴードンですよゴードン。真剣佑の名前を聞いたときも最初はびっくりしたけどその上をいくわね。彼も帰国子女なので英語はネイティブだし、なによりルックスが今回のドラマに合っている! 

 

ドラマの役としては、ラグビーの本場ニュージーランドで選手として活躍するも、怪我をして日本に行って経営を学ぶ的な役柄と展開になってましたが、おそらく、君嶋GMと選手の橋渡し的存在になるんでしょうね。いやー、郷敦くん発見できてうれしい。それだけでも継続視聴決定ですよ。最近のドラマは同じ人ばかり出て飽き飽きしているので、こういうのすごく新鮮でいいわー。

 

ということで、キャスティングについては、『下町ロケット』『陸王』ほどじゃないけど、まあまあバランスとれているのではないでしょうか。ただね、心残りがあるとすれば、端役でもいいので山下真司をキャスティングしてほしかったわ。それだけでも中高年の興味をひくのに~。同じTBSのドラマなんだからそのくらいやってほしい~。

 

 

ラグビーに対するディスりをしっかりいれてきた

ドラマ後半、君嶋GMが選手を集めて鼓舞する長台詞シーンなんて、どこか『スクール・ウォーズ』っぽい気がしたね。昔のドラマでは、生徒を鼓舞するために「今から俺は殴る!」とか言っていきなり殴るシーンがあったけど(今なら大問題よ)、さすがに大人相手だからね、そういうのはないよ。

 

殴るよりも精神的にチームの価値のなさや、今置かれている現実を突きつけるというなかなかの熱いシーンでよかったし、これが大人のプロスポーツがいかに経営と結びついているかを知らしめた名シーンでしたね。

 

こういうスポーツ絡みのドラマって、その競技ありきで否定などない設定で作られるものがほとんどじゃないですか。それが、今回、いきなりラグビーに対するディスりをしっかり入れてきたことに驚きましたよ。

 

主役がまずラグビー嫌い設定から始まって、ラグビーは当事者とその関係者しか知らないとか、ムリヤリ盛り上がっている、女子にウケず「むさ苦しい」と言われる、自社のチームなのにポスターを貼っても邪魔扱いされて、その上から食堂メニューの値段が上がったことを知らせるチラシを貼られてしまう。ラグビー観戦よりサッカー観戦するために部下であるラグビー選手にサービス残業させるとか(ここはけっこうエグいと思ったよね)、ガチな世間のラグビーあるあるな気がしたわ。

 

だって、今年のワールドカップ開催にしても、マスコミが必死で盛り上げているけど、なーんかイマイチ盛り上がらないしワクワクしない。申し訳ないけど、オフィシャルサポーター芸能人を一生懸命あてがっているわりには、ぜんぜん盛り上がりが伝わってこない。せいぜい朝の「ZIP」で毎日開催までのカウントダウンしていることで「あーそうなんだー」くらいの認識。たぶん、世間的にもそんな感じの温度じゃないかしら? 

 

正直、私もラグビーが苦手です。主人公と同じで、過去にラグビー経験者絡みで嫌な思い出があるから。スポーツそのものが悪いわけではないし、あくまでもその人間との思い出が悪いだけなんだけど、あまりにも嫌な思い出なので、どうしても人間と競技が結びついて離れなくなってしまった。それ以来、競技そのものも受け付けなくなってしまって。

 

主人公・君嶋GMとラグビー嫌い視点は同じなので、ある意味共感できる部分もあるし、ドラマを最後まで完走したあとに、少しでも自分の中の誤解も解けていたらいいなと思っていますし、苦手は苦手でもそれとは別に君嶋GMの経営戦略は大いに学びたい気持ちにはなりました。

 

とはいえ、1話を観て「ハカ」の文化的な意味を知ったことだけでも見た甲斐あったし、ちょっとかっこいいって思ったのも事実。さらにYouTube動画みたらますますかっこよく見えてきたよ。なんか、男性の肉体的強さの根源を見せられているような感じがめっちゃかっこいいんですよ。

 

 

 

 

スポーツの社会貢献ってなんだろう

以前、『ルーズヴェルト・ゲーム』で野球部の存続うんぬんと企業合併や再建が同時進行展開だったので、それとちょっと似たところがあるのかなというところは否めないけど、今回のドラマの注目すべきところは、君嶋GMとしての手腕、君嶋家の行く末、高齢化したチームの意識改革、企業とプロスポーツの共存と経営。(ラグビーというスポーツの人気回復も主たる目的なんだろうな)

 

日本は、野球とサッカーというプロスポーツは認知されているけれど、他の競技や、特に各スポーツのトップリーグ以外の地方チームなんて、それこそアストロズみたいなもん(アストロズは独立したプロチームじゃなくて企業看板を背負った実業団チームだよね)。

 

チーム経営もままならず、仕事と競技を半々で掛け持ち。なんとか地元企業のスポンサーはいるものの、観客動員数もファンも少ない。もちろん有名選手など呼べるはずもなく、呼べても過去にトップリーグに在籍経験のあるピークを過ぎた高齢選手だったりする。そんな地方のスポーツチームなんて全国にゴロゴロいるわけよ。

 

ラグビー部の存在意義は「社会貢献」というセリフがあったけれど、ここはすごく考えさせられる部分でもありましたよね。本当にそれは貢献なのか? 競技者であるというだけで価値はあるのか? 結果を出せませんでした~で許されるのか? 

 

かなり君嶋GMも辛辣なことを言っていたけど、そのとおりなんだよね。ただお金出して終わりの慈善事業じゃない。チームとして存在している以上、勝つことは大前提だし勝たなければ意味がない。企業の看板を背負う以上、強いということは企業イメージを高めることに貢献するということだから。

 

そういう意味では実業団チームってつらい。もっと強くなりたいのは誰も同じなのに、経済的理由から競技以外のことを強いられることも多いし、でもお金がないと運営もままならないというジレンマ。そうなるとやはり必要なのは君嶋GMみたいな頭脳なのよね。ラグビーは直接やらないけれど、どれだけ経営という立場から再起を図っていくのか。そして、選手たちやその周囲の人間がスポーツの存在意義を「社会貢献」と認知するのかどうか、そのあたりの展開、どうなっていくんでしょうね。

 

スポーツの存在意義って、やはり「夢」の部分が大きい気がします。そのすごいプレーを観て興奮したり悔しかったり、選手が本気でプレーする姿をみせるだけで、観ているこちらは元気が出る。そして、そこにサポートするファンや企業がいて、お金が循環して、またすごいプレーを目の当たりする機会が増える。いい循環があってこそ社会貢献なんじゃないかなぁ。

 

まず、郷敦くんみたさに継続視聴決定~~。

 

【いだてん】24話第一部最終回感想:おしよせるカタルシスとバトンを受け継ぐ人々

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Matthew Bednarik | Flickr

 

 

 

第一部最終回。副題が「種まく人」ってもう、そのとおりじゃん。ずっと泣いてばっかりだった45分。今まで観てきたいろんな出来事が押し寄せてきてもう泣きっぱなし!

以下、ネタバレあります。観ていない方はご注意を。

 

 

 

今までのストーリーは第一部最終回のためにあった気がする

最初は、どうして落語とマラソン、なぜ2つの軸が交差するのか戸惑ったのだけど、第一部の流れからして、四三は出場したオリンピックで栄光を手にしたわけでもなければ、報われたわけでもない。むしろ、うまくいかないことが続いて辛くなるシーンも多かった。

そこへ、孝蔵(というか志ん生)軸が存在することによって、その報われない四三のエピソードを重すぎず、また、軽すぎないように適度に笑いという抑揚をつけた結果になったのかなと。もし、孝蔵軸がなかったらと仮定すると、美川くんや精さん、弥彦がそこそこ盛りあげただろうけど、物語もずいぶん重苦しいだけのものになったかもしれない。

今までの大河ドラマと比較しても、ナレーションは有名俳優を起用したり、あくまでもナレーションに徹するパターンが多いけど、今回はナレーションをする人を噺家にして、しかも志ん生、孝蔵、五りんと自在に切り替わりつつ、物語としても絡む存在にしたというのも新しい取り組み。こりゃあ、往年の大河ドラマファンは困惑する。でも、慣れてくると、場面の状況に応じて語り部が変わるところ、特に、孝蔵演ずる森山未來の語りはすごく染みいる感じがよかったし、第2部も引き続き出演されるようなので、どう落語軸と田端軸が絡んでいくのか楽しみだなあ。

※クドカン的にははじめは噺家のストーリーを書きたかったらしいですが、いろいろあってこういう形になったとか。いろいろとあるんだね、NHKと。

 

realsound.jp



四三が、本来の意味である「韋駄天」として終わったことの清々しさと、孝蔵のどうしようもなさが少し報われた両方のカタルシスがすごくて、終始泣きっぱなし。 

 

朝ドラ『あまちゃん』のときも思ったけど、本当にクドカンの脚本は弱者とかクズとか失敗とか、どうしようもない人間に優しい。と同時に、人の数だけそれぞれのストーリーがあって、失敗も愚かさもこの世に生を受けているかぎり、すべてが愛おしいものなのだということを教えてくれる。

『いだてん』はそれがもっと壮大になったように感じる。どの人も突き詰めればどこか間抜けだったり、バカが付くほど真面目だったり、どうしようもない一人ひとりなんだけど、必ずどこかで輝ける場所があるし、その場所で輝けるようになっている。

代表的なのが2つの軸を分かち合う四三と孝蔵。四三は家庭を顧みないランニングバカだし、孝蔵(森山未來)も飲む、打つ、買うのクズっぷり。だけど、この二人が関東大震災で威力を発揮するシーンなんてもう、人の輝きとはなんなのかをみせてくれるいいシーンばかりだったわ。

 

 

被災者に寄り添うセリフたち

まず、孝蔵軸。孝蔵ががれきの中に作られた寄席に吸い寄せられて落語をするところとか、普段はどうしようもないクズでも、噺家の端くれという自覚だけはあるわけよね。彼の落語という才能が、被災した人たちを喜ばせるくだりなんて胸アツすぎる。

さらにバラックでの小梅、清さん、孝蔵の語り合うシーン、こんなにも被災者の心情というか人の弱さを優しく包むセリフあるんのかってくらい涙止まらなかったよ。

ふさぎ込んでいてもどうしようもないし、たまには笑いたいし酔っ払いたい。どんなに日中元気な大人でも、夜になるとどこからかすすり泣きが聞こえる。気持ちがわかるからこそ、それを聞こえないふりをする。そして翌朝、何食わぬ顔して挨拶をする。

 

(引用)
孝ちゃんにはよ、そういう落語をやってほしいな。
笑っても泣いてもいいじゃねぇかってやつをさ。
(引用終わり)


このセリフを峯田くんに言わせるのって反則じゃーーん! 泣くに決まってんじゃん。


人間は弱い。弱いから泣いたり、腐ったり、やさぐれたり、強がって笑ったりする。だけど、それでもいいじゃないかと。それが人間なんだよと。そもそも、落語の噺って、そんな人間をおもしろおかしく語り継いでいる芸でしょ。

大河ドラマ的には金栗四三がW主演の一人だし、マラソンに尽力したヒーロー扱いされてしかるべきかもしれないけど、クドカンはそうはしなかった。孝蔵軸を加えただけでなく、四三以外のキャラ全員もそうだし、バラックで横たわる人々すらも純粋に人間の営みとして大切に描いているんですよ。そういうところが好き。

例えば、孝蔵が噺の流れで客とかけあいみたいになって、いい感じに絡む人たちのちょっとしたセリフなのに、その人の人生が見えるような気がしたし、クドカン脚本の描く世界観がそうみせるんだろうなと思った。ぶっちゃけ、震災描写って人の弱さが多く描かれるものだし、ドラマとして描くにはさまざまな配慮とかかなり大変なことだと思うのよ。

『あまちゃん』のときの、ユイちゃんが震災のショックで東京に行けなくなった描写なんかもそう思ったよね。東京に行けないユイちゃんに寄り添って、地元でアイドルすればいいとみんなが寄り添う。そのときもそういうふうに描くんだ!と驚いたけど、さすがに大河はそれ以上だった。

災害で前向くだけじゃなく、傷ついた人も大勢いることをちゃんと描くんだよ。みんながみんな前向きなんじゃない。前を向くタイミングだって人それぞれだし、なにも無理に前を向く必要もない。そういうことを包括して描くってすごくないですか。

 

シマちゃんの夫・増野の描き方もそうで、実際に行方不明者を探している人もいる。そこへ、増野に人見絹恵という希望をみせるって、なんて優しい脚本なんだろうと。

もうシマちゃんは見つからないかもしれないけど、シマちゃんの思いが「希望」という形になって繋がっていった。それだけでも少し前をむくきっかけになる。人にはなんであれ生きるための「希望」って必要だよなと思ったわよね。

シマちゃんの幻が消えたとき、ハッと我に返る増野。人見絹恵も我が子であるりくも、日々育っていくことに希望を見いだした終わり方にただただ感涙。『あまちゃん』の時もグッときたけど、今回はそれ以上の感涙だったわ。

 

 

なにもできないという無力感

四三軸。関東大震災でシマちゃんを探しても探しても見つからない。無力感を痛感していた四三が熊本へ帰ったシーン。そもそも人間は無力ということにも気付かされ、今まで通りバカみたいに走ればいいと悟るんだよね。

単純に四三の気付きのシーンなんだけど、これは今まで私たちが感じてきた無力感に通ずる気がしたんですよね。さまざまな災害があっても直接現地支援に行けないばかりか、支援物資も十分な資金支援もできない無力感。

特に東北大震災のとき、自分が実際になにもできなかったことを思い出す。被災地に行って力仕事をするわけでもなく、芸能人のように楽しませることもできない。ただただ無力感と罪悪感で月日が流れていったのだけど、今回の幾江と四三のセリフで我に返った気がしましたね。幾江のように富があって物資を分配する人、四三のように「足」がある人は物資を運ぶ人、現場で炊き出しをする人、いろんな役割があっていいんだよね。

自分は今いるところでできることをする。今いるところで働いて少しでも税金を納めること(※実際に「復興特別所得税」が創設されて支払っているわけだし)。それが私たちにできることなんだよね、と思ったり。

 

そして、さすが大きな家の主人である幾江の気っぷの良さにシビれた。大竹しのぶの下からくる太いドスのきいた声がいい! 普段は熊本に帰ってこない四三に文句ばかりなのに、今回ばかりはその逆。韋駄天について語る幾江。人のために走って食料を集めて運んだ神様だといい、実母(宮崎美子)が「だからご馳走っていうたばい」ってと補足説明をさりげなく入れたのは、NHKのバラエティ『日本人のおなまえ』に出ているから言わされたんだねとツッコミを入れたりして。

走ることが好きで、ただただ走り続けた四三。オリンピックに2回出場するも記録を残せず、結婚しても走ることやスポーツ振興・育成することに夢中で、ぶっちゃけ、家庭人としてはどうなのかって思う男だけれど、その走り続けて鍛えた足が、震災で荒れ果てた街を物資を運ぶために走り回り、ちゃんと活かされるところで活かされた、まさに韋駄天。復興の力になる終わり方。こんな報われ方ってあるんだね。

治五郎さんが運動会をするにあたって語ったセリフ、一字一句、現代にもそっくりそのまま当てはまるんだよ。東北大震災からはずいぶん立つけれど、それ以降も熊本や北海道などの地域で震災が起こっているし、被災して傷ついている人たちはいっぱいいる。その中で、唯一の希望である子どもたちにスポーツを通じて元気づけたい。オリンピックを見たい。スポーツによる復興。まさに今度のオリンピックのテーマを地でいくじゃない(そこは狙ったんだろうけどさ)。やっぱり、ふさぎ込んでいるときこそ「希望」が必要だし、人よりも秀でた才能を持つアスリートの姿やすごい人っていうのは光だよね。光は輝かないといけないんだよ。

自治会長の峯田くんとの運動会開催交渉もなんだかリアルだったね。バラックにはいろんな思い、状態の人がいる。なのに、シマちゃんの旦那・増野さんのひと声で決まってしまうのってどうなの?とも思ったけどさ、シマちゃんに免じてここは許すよ。

 

 

シマちゃんは遺伝子を残した

最初から、五りん(神木隆之介)の存在はキーだなと思ってはいたけど、それも少し前の回でちゃんと伏線回収され、四三軸と孝蔵軸がますますクロスしていく。関東大震災を描くにあたり、完全にお互いの軸が必要だったのか!?と勝手に合点がいった。

まったくかけ離れた軸同士なのではなくて、互いにバトンを繋ぎ合ったことを描いたってことでしょ。それがシマちゃんの孫であり、志ん生に弟子入りした五りんがその象徴。2つの軸が五りんによって交差する。五りんの存在自体はフィクションだろうけど、だとしても、このうまい繋ぎ方は恐れ入ったなぁ。ああ~~もう思い出しただけで泣けてくる。

復興運動会ももう泣けて泣けて! 開催決定のシーンからナレーションが五りんに変わったんだけど、この細かな繋げ方がすごすぎて涙がまだまだ止まらないわけよ。だって、五りんはれっきとしたシマちゃんの子ども・りくの子であり、シマちゃんの孫なわけじゃん。シマちゃんの遺伝子がこうして命のバトンとして繋がっているんだよおおお。

それだけでない。シマちゃんが叶えたかった陸上の夢を託した人見絹恵(菅原小春)の登場。彼女こそがシマちゃんの意思を託された人なのよ。小春ちゃん適役すぎる! シマちゃんの手紙が泣ける~~~~!!! シマちゃんの遺言みたいになってしまったけども~~。

さっきも書いたけど、増野さんがその手紙を読み、絹恵の走る姿を見て驚嘆し、シマちゃんの託した夢を目の当たりにする。そして、シマちゃんの意思が絹恵に伝わっていったことへの安堵と、同時にみたシマちゃんの幻。もうシマちゃんが戻らないであろうというあきらめと希望の入り交じった柄本佑の演技の素晴らしさよ。この回のMVP差し上げたい!!

で、増野さんの表情から次のカットがおんぶしているりく、そしてナレーションが五りんに繋がるって、もうもうもう!!! その流れがバトンになってるわけよおおお~~~。涙止まんない~~~。

エンディングもマラソンバカの四三はゴールしてもただただ走り続ける。それは、彼にとってゴールなどなく、大会だろうが人生だろうが走り続けることを示唆したのかなと。とにかく一生懸命バカみたいに走る姿はただただ清々しいし、元気をもらえる。なんという素晴らしい第一部大団円だろう。第二部もまた楽しみになりました。

今回、視聴率はよろしくなかったようですが、ずっと追いかけてきた人にしてみれば、この第一部最終話が、今までのいろんな苦労(四三もそうだけど、例の事件のバタバタ)を総ざらいしてねぎらってもらったようなあたたかさと至福感に包まれて、最高だったとしかいいようがないです。

できることなら最初から見直したいくらいだけど、NHKオンデマンドでは、例の出演者が出ていた3~8話は配信してない模様。あっちゃー。どうするんだろう、これ。やっぱり撮り直しって大変なんだろうか。

総集編はうまいことカットしてしのぐのかもしれないけど、このまま未来の再放送も、オンデマンドもDVD化もなくなるのかなぁ。去年末の傑作ドラマ『フェイクニュース』もそうだけど、いいドラマがことごとく出演者の不祥事でお蔵入りするのだけは残念でならないわ。こんなにおもしろいのに最初から見られないなんて!! 



次回からいよいよ第二部。阿部サダヲ演ずる田端も一癖ありそうな、愛すべきキャラっぽいのがもう目に見えてて楽しみすぎます。他の共演者ももう朝ドラがらみだし。また薬師丸ひろ子と小泉今日子がニアミスしたらおもしろんだけどな。

 

おしまい。

 

 

 

【いだてん】22話感想ネタバレ:いろんな立場の女性たちを見せてくれた45分間

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Don Voaklander | Flickr

 

 


NHK大河ドラマ『いだてん』、ずーっと欠かさず見てきたしおもしろいんですが、展開的に金栗四三ががんばっても、栄光どころか苦労の連続。走ることにのめり込みすぎて家族を顧みないようなところとかが逆にイラッとしたりして、こちらの感情はそんなに動かなかったんですが、今回めずらしく感想を書きたくなりました。

 

以下、ネタバレがあります。観ていない方はご注意を!

 

 


竹早の女子たちが、四三のおかげで運動に目覚め、袴姿から心も体もどんどん身軽になっていくわけなんだけど、体育協会は男子も女子ももっと運動を普及させようと奔走してはいるものの、そう簡単には世間に浸透していないばかりか、「女たるもの」みたいな風潮はかわらず。

 

四三が懸命に指導しても、女子体育が世界に遅れをとっていることすら世間に知られていないわけよ。女子の体育大会は行われはするけれど、世間は体育という認識よりも、ユニフォームがどうとか足を出したの出さないのと、そういう視点でしかみていないのよね。

 

身軽になった女子たちのユニフォーム姿がアイドル化され(ある意味スポーツ普及のきっかけにはなるだろうけど)、ブロマイドを売る美川(勝地涼)とかこいつなにやってんだろ?と思いつつ、四三の教え子・富江の父親(板尾創路→まーた生徒の父親役だわね)にブロマイドがみつかり余計反発をくらうとか、四三や体育協会の思惑と世間との隔たりがあまりに離れすぎている描写でもあったわよね。

 

史実はわからないんだけど、この時代はどんだけ四三がオリンピックに出場したり駅伝をやったりしても、本質的な体育教育のなんたるかは伝わっているように思えない描写なのは、意図的なのかなんなのか。

 

四三はただ主義主張を情熱で押し切って周りがしょうがなく折れるというパターンなので、人と対峙したときにちゃんと理由を伝えるとか話し合うということがなさそうだし、それが周りと軋轢を生む原因なんだけど、そういうキャラで押し通す感じだよね。

 

富江の父親は娘可愛さもあって学校に乗り込んだのだろうけど、そこに正論でぶつかる四三の熱さ。四三らしいといえばらしいんだけど、富江が足を出した以前に「なぜ娘を褒めないのか」と反論するところがいい。でも、その父親の気持ちを汲まずに正論でぶつかってしまっては、反感しか買わないわけで、結局、父親は四三を退職に追い込む署名まで集めてしまった。

 

ふと思い返すと、四三が女子のスポーツ普及させようとした目的が、wiki先生によると「将来母となる女学生の心身を鍛えることは国の重大事である」ということを掲げている点からして、このことを富江パパにちゃんと伝えるべきだったのでは?と思ったわよ。「将来母となる富江の心身を鍛えることが子を産むために必要だ」とかなんとかいえば、ここまで拗れなかったんじゃないかと。

 

そのことを知った女子たちは教室で立てこもるシーンが、同じ女性としてこみ上げてくるものがありましたね。奇しくも現実世界では「女性のヒール問題」や少し前には「#metoo」などの女性運動が起こった流れから、これらのことを静観しているだけとはいえ、女性として生きていて、体験的に抑圧されたり、我慢を強いられる場面はあったし、やり過ごしているように思えて、実は内側にヘドロのように横たわっている抑圧はある。その部分を否応なく刺激されるシーンでしたね。

 

嫁に行くことだけを考え、女らしくすることこそが学校のモットーみたいなものなわけで、そこへ反旗を翻した女子たち。スポーツをしてウェアを替えたり上達することと、女らしくあることは別物であり、本人たちもそのことに気がついている。

 

「女らしい、らしくないって誰が決めたんですか!? 男でしょ!」
「たかが靴下脱いだくらいでガタガタ騒いでいるトンチキな文部省も、それにビクビクしている先生たちもてんで男らしくない!」

 

はー、このへんのセリフはものすごく清々したーー。全国の女性たちが大いに頷いたことでしょうよ。目に浮かぶようだわ。

 

「女らしさ」をすべてにおいて求めようとする世間の風潮。男性だけでなく、シマちゃん以外の女性の教師すら「女らしくない」と男性に同調し、女はなにもせずしとやかにするべき=女性に人権がない、といわんばかり。学校に女性の教師がいるくらいだから、もう少し寛容かと思っていたけどそうじゃないんだねぇ。

 

このエピソードが史実にあったかどうかはわからないけど、あまりにも現代と通ずるところがある。今でこそ女性も肌の露出はできるようになったけど、「女らしさ」の概念や風潮は変わってない、そんなことにも気づかされた場面でした。

 

この22話、あんまり視聴率よくなかったらしいですが、いやいやどうして。いろんな女性の心情を絶妙に表した女性にとっての神回だったと思います。

 

他にもこんな女性たちが描かれていたじゃないですか。

 

孝造(森山未來)の妻となったりん(夏帆)のわけもわからず見合いさせられ、相手がどんなクズであろうと嫁に行ったらかしずくのが当たり前、とか。

(てかさ、りんの親も芸のどこをみて「まじめそうだ」って思うワケ? 芸の良し悪しで嫁にだそうと思う親も親。結納?らしき席で、まとにも向き合いもしない孝造の態度をみてもなお嫁に出そうとするなんて、ちょっと親としてどうかと思ったんだけどね。私が親なら孝造の態度みて結婚取り消すわ)

 

シマちゃんが教師を続けることやオリンピックを目指していたのに、志し半ばでご懐妊。そのことに悩むシマちゃんに母は強しといわんばかりのスヤの励まし。

 

二階堂トクヨは、身も心も捧げた人が妻子ある人だったことから、恋に破れ、一層女子スポーツに人生を捧げる決意をするとか。

 

岡山でのテニス招待試合に現れた、体格がよくてスポーツ万能すぎて化け物扱いされる人見絹枝(菅原小春)などなど。

 

女性のあらゆる場面、立場、体格で、男性や世間というものに翻弄されたり岐路に立たされるということを、いろんな立ち位置で見せてくれた女性のための45分だったんじゃないかな。

 

ドラマの終わり方が、いかにも次に続くようなかんじだったけど、続きからやらないで、既にクビになりました場面からスタートが気がする。いずれ、女学生たちと四三の処遇はどうなるのかな、と思わせる終わり方は好き。

 

おしまい。